Hispano's Matter


「なあ、エウヘニオ。俺はお前のことをエウ ヘニオと呼ぶのは難 しくもな んともないんだが、俺の部下達にはそうでもないみたいでな。ここは一つ、ユージーン でどうだ?」イーノック・リンチは左腕をギプスで固めた青年に向かって言った。
「嫌だ」くしゃくしゃの髪をした青年はぶっきらぼうに言った。「それじゃ偉いあんたらのために、駄目な俺が合わせてやってるみてえじゃねえか」
 イーノック・リンチの脇に控えている、ギャングにしては清潔そうな印象を与える男が言った。「すみません、ボス。口が悪いんですよ、こいつは」
「無理もないさ、クリスティ。ゲットー育ちの奴に格式張った言葉を使えと言うのは間違ってる。なあ、ぼうず。それじゃあ名前じゃなくて、あだ名ならどう だ?ラティーノとかヒスパニックとか」
 青年は不機嫌に言い放った。「俺はラティーノってより、ヒスパーノだぜ。それと、何であんたにぼうず呼ばわりされなきゃなんねえの?」
「このガキ、悪い口をどうにかしねえと叩き割っちまうぞ!」顔中に黒い無精髭を生やした白人の男が低く唸った。「おいガキ、うちのボスは心が広い方だから 助かったな。俺がボスだったら・・・」
 イーノック・リンチが笑って彼を制した。「ジョーイ。俺はお前が言うとおり心が広い。分かってるじゃねえか、さすが俺が見込んだだけあるよ。・・・で、 そうだ、お前の言うとおり心が広い俺は、このぼうずが悪態吐こうが吐くまいが気にしないさ。お前は少し手が早いんだがな、ジョーイ。でも今回はよく我慢し たよ。今月こそ、その調子で人を殺らんでくれるとありがてえんだがなあ。・・・ああ、そうだ、ぼうず。お前をぼうずって呼ぶのはな、ほら、口癖みてえなも んだ。ここの奴らは皆、俺より年下でね。お前なんて・・・まだ成人したしてないとか言ってる年頃だろ?だったら俺と親子ぐらい年が違うんだよ。だからぼう ず、って呼ぶのに大した意味はないんだ。気にしないでくれるか?」
「ボス、こいつは答えを欲しがってますよ」クリスティが青年の肩を軽く叩いた。「・・・ヒスパーノ、だそうで」
「ヒスパーノ。いいじゃねえか、ん?じゃあぼうず、お前はここではヒスパーノだ。他の奴らだって、きっとお前のことをそう呼んでくれるさ」
「うん。・・・ありがとう、ボス」青年、ヒスパーノは照れ隠しのように無愛想な表情を作りながら言った。「他の奴ら、呼んでくれるかな」
「呼ばせるさ」イーノック・リンチは足を組みかえると、大袈裟な身振りでソファの上にふんぞり返って見せた。「俺はボスなんだ。ギャングのボス・・・多 分、この世で一番ギャングらしくねえギャングのボスだよ」
 ヒスパーノはにやりと笑って言った。「多分それ、あの世含めてもいけるぜ」
「ボス、こいつやっぱり口が悪いんじゃねえですか?」ジョーイと呼ばれた無精髭の男が、ヒスパーノを羽交い絞めにしながら言った。「俺、教育してやるぜ」
「優しくな。女よりも優しく扱えよ、ジョーイ・・・まあ、お前の女の扱いは相当乱暴だがな。何てったって、こいつは左腕が折れてる」
 ジョーイは愛情を込めた乱暴さでヒスパーノを叩いた。「喧嘩でもしたのか、えっ?」
「違うよ。ペロタをやってるときに折ったんだ・・・ペロタって、知らねえだろ」
「ああ、知らねえよ」
 ヒスパーノの顔に満足そうな表情が浮かんだ。「ペロタってのはね、堅いボールを素手で壁に打ってぶつける遊びだよ。ボールはサッカーボールとか比べ物に なんねえぐれえ堅いんだ。・・・で、低い位置からボールを打とうとしたときに、体を低くしすぎて地面で折っちまったんだよ、腕」
「道理で指がごつくて、しかもあちこち曲がってるわけだ」クリスティが言った。「俺にはそこまで言ってくれなかったよ、こいつ。ジョーイならいいのか」
「恥ずかしかったんだよな、ヒスパーノ」ジョーイは乱れ放題の青年の髪をさらにもみくちゃにした。「ボス、こいつどこで見つけたんで?可愛い奴だよ、弟み てえに」
「こいつのいるゲットーを歩いていたとき、折れた腕をぶらぶらさせててな。まあ可哀相だったもんだから、連れてきちまったんだよ」イーノック・リンチはそ う言って笑った。「ヒスパーノ、お前ここにきちまってよかったのか?友達が心配するぞ」
「いいんだよ。俺の友達も、ギャングの取り巻きやってるし」
「そうか。じゃあもしその友達と会ったとしても、仲良くしろよ。俺は平和主義者だからな」イーノック・リンチが片手を差し出すと、彼の部下の一人がグラス にコニャックを注いで渡した。「ありがとよ、エズラ。・・・なあ、ヒスパーノ。ギャングだからって、自分のファミリー以外は全部敵だと思わなきゃなんね えってことじゃないんだぞ。まあ、俺は昔、その逆だったんだがな。昔、エディってのがいて俺の仲間だった。白人の奴らによく冷やかされたよ、ブラック・ ギャングって。黒人は差別されるべきじゃない、全人類の母はアフリカ人なんだからな。黒人以外、いや、どんな人間も差別されるべきじゃないんだ。俺はな、 ヒスパーノ。人種差別反対主義者だ。エディと組んでた間、ずっと差別を味わってたよ。奴らから見りゃ、差別の対象が組んで歩いてるんだからな。でもエディ は寡黙でね、いい奴だった。何も言わねえんだよ。・・・今考えたら、それが仇になったかな。ある日レオーネ、マフィアのボスで確かシチリア人だ、そいつの 手下にエディは侮辱された。どういうわけか、二人で歩いててもエディの方が集中的に突かれることの方が多かったんだ。・・・とにかくレオーネの手下は、エ ディのお袋さんを、それは酷い言葉で罵った。それで俺よりも先に奴はぶち切れた。奴が怒ったのを初めて見たね、俺は。まあ、それでごたごたとややこしいこ とになっちまって、エディの奴、舌を切られて死んじまった。俺も足の指全部をちょん切られたよ。それ以来、俺はできるだけ穏便に行こうと心に決めてるん だ」
「俺、そんなに喧嘩っ早くねえよ」ヒスパーノが言った。「・・・なあ、足の指、全部切られちまってるのか?」
 イーノック・リンチは静かな笑みを浮かべた。「本当だ。だからほら、靴が小さくて四角いだろ?小さいかどうかは分からねえかもな、俺は元々足だけは大き かったから。でも、四角いのは分かるな?この靴は特注品なんだよ」
「ボス、大丈夫だよ。俺、絶対に喧嘩を吹っかけたりはしません」ヒスパーノが真剣な口調で言った。それでこの問題は片付いた。

2006.12.28  輝扇碧