Joe's Explanation


「ああ、ジョー・・・ジョーイ。全く、随分 と返り血を浴びてるんだな」イーノック・リンチはコニャックで満たされたグラスを、彼の部下の一人に手渡した。「悪いな、エズラ。今晩はもういい」
「ボス、今回ばっかりは俺のせいじゃねえ」ジョーイと呼ばれた黒髪の白人は歯を剥き出して唸った。「向こうから襲ってきたんだからよ、ぶっ殺しちまった」
「どうやら興奮しすぎてるみたいだなあ、ジョー?取り敢えず、そこの椅子に座れ。俺の座ってるソファに比べりゃ酷い代物だが、ないよりはましだろう、う ん?・・・なあ、エズラ。こいつのために何かレコードをかけてやってくれ。ジャズがいい」
「レコードじゃなくて、今はもうコンパクト・ディスクの時代ですよ。ボス」エズラが人好きのする笑みを浮かべて言った。
 やがて室内に静かな音量でジャズが流れ始めると、イーノック・リンチは足を組み買え、改めて部下の顔を見やった。「さてジョーイ、少し落ち着いた か?・・・俺はこの曲を聴くといつだって落ち着く。いや、性格には物悲しくなる・・・か?エディのことを思い出しちまうからな。それに俺はジャズが大好き だ・・・。そうだ、本題に戻ろう。お前はそのぶっ殺しちまった奴をどうした?」
「いつも通りだぜ」
「どんな奴だったんだ?単にお前の昔の喧嘩相手かも知れんし、ひょっとしたら俺に恨みがある奴かもな。・・・はは、こうは見えても、俺は恨みを多く買って るんだ・・・。ああ、ほとんどは昔のものだがな。・・・だから、今は大人しくしてるんだ。どう考えたって、二十年前の段階で、とっくに一生分以上の恨みを 買っちまってる。・・・そう、ああ、まあいい。少しばかり教えてくれ」
「どんな奴って・・・そりゃ腹立つ奴だぜ。ナイフで切りつけてくるんだからよ。覚えてるのっつったら、死体になった顔ぐれえだよ」
「それでもいいんだ、ジョー。・・・ああ、なあ、俺はな・・・お前の知ってることを知りたいんだよ」
「ボス・・・今になって後悔してるんだ」ジョーイは血がこびり付いた手で頭を掻いた。「多分・・・顔からするに、イタリア人なんだ。レオーネの手下かも知 んねえ・・・」
 イーノック・リンチはわずかに表情を引き締め、右の掌を上に向けた。「・・・なあエズラ、お前ばっかり使っちまって悪いなあ。やっぱり酒を注いでくれ」
 エズラは無言で新しいグラスにコニャックを注ぐと、彼のボスに渡した。「ええボス。ルイスやクリスの兄貴に頼むのは気が引けますんでね、俺としても」
「ありがとよ、エズラ。お前らの中の上下関係なんざ、あってないようなもんじゃねえのか?・・・まあ、俺がボスだというのは・・・そう、絶対だがな。は は・・・さて、そうだ、ジョーイ。何で分かったんだ、ん?レオーネの手下かも知れんとだよ・・・。・・・ああ、分かってる、分かってるさ。じゃあもうお前 に言わせたりせずに、俺が代わりに・・・そう、俺がだよ。言ってやる。レオーネの手下かも、じゃなくって、レオーネの手下だったんだろ。実際に。・・・違 うか、うん?」
「ああ、ボス・・・」ジョーイは弁明するように両手を上げかけたが、すぐに力なく下ろした。「ああ、ボス。全くだ。・・・殺した後に気付いたんじゃねえ、 奴が近付いてきた時にはもう・・・。でも、俺は頭に血が上っちまって・・・」
「ジョーイ。前にも言ったがな、お前は少し手が早えよ。やっぱり今月も、人を殺っちまったなあ。・・・ギャングのボスの俺が言うのもあれだがな、人を殺 るってのはよくねえ。できるだけ避けんとな。・・・最近お前にくっついて回ってる、ヒスパーノの教育に悪いだろうが。・・・そう言えば、あいつはどうした んだ、ジョーイ?」
「友達と一緒に、ペロタをしに行っちまった。腕が治った途端にこれだ。・・・ああ、そうだ、レオーネの取り巻きをやってる友達とだ・・・。ああ、ボス、本 当にすまねえことしたって思ってるんだぜ、俺は」
「どんだけ弁明したって、お前のやったことが変わるわけでもねえよ、ジョーイ。残念なことにな・・・。そう、帰られねえさ・・・ああ・・・そうだとも。だ がな、別に俺はお前のことを責めてるわけじゃねえんだよ。そこん所だけ誤解しないでくれ。・・・いいな?」イーノック・リンチは一旦言葉を切って目を閉 じ、流れる音楽に耳を傾けた。「・・・いい曲だなあ、ジョーイ?エディを思い出させるよ。奴はジャズを愛していて、よくギグもしたんだ。その時によく、こ の曲を演奏してくれたんだ。・・・ああ、いい演奏者だったよ、奴は。・・・今でもレコード店を探したらあるだろうよ、この曲は。・・・そう、そうだ、 ジョーイ。いい加減、その血塗れのジャケットをどうにかしろ。ヒスパーノが見たら、びびってちびっちまうかも知れねえだろうが」
「ああ、分かってるよ、ボス」ジョーイはぎこちなく笑った。それからジャケットを脱ぎ、清潔そうな印象を与える男に渡して言った。「・・・クリスティ、悪 いがこいつをどうにかしてくれ」
 その様子を見たイーノック・リンチの頬はわずかに緩んでいた。

2007.02.15  輝扇碧