The Chatterer


「あれは十三年前のことだったかな」イー ノック・リンチは彼の部下達に言った。「レオーネの奴の拷問にあっちまってよ、どうやら俺とエディが黒人だっての が気に入らなかったみたいなんだが。俺は人種差別主義者じゃない、むしろその反対だ。黒人優位でもいい位だ・・・人類ってのは大昔、一人のアフリカ人の女 から始まったって知ってるか?イヴは黒人でないと。おっと、これは言い過ぎか。ジョーイに悪いな・・・。さてと、どこまで話したっけ?」
 彼の部下達は静かに彼らのボスの長話に耳を傾けていた。その中の一人が言った。「ボスとエディが捕まった所まで」
「ああ、そうか。そうだったな。さすがジョーイ、お前は俺が見込んだだけあるよ。もちろん、これはお前だけに言ってるんじゃない。俺の部下は皆、俺が見込 んだ所のある奴らだ。・・・そうだ、俺とエディがレオーネの手下に捕まってな。俺は足の指を一本ずつ切られた。当時の俺は寡黙な男だったからな、黙ってる 間に全部ちょん切られちまった。しまいにゃレオーネの奴が出てきた。俺が吐かないから、頭にきちまったんだろうな」彼が手を差し出すと、先程ジョーイと呼 ばれた黒髪の白人が、グラスにコニャックを注いで渡した。彼はそれで口を潤し、足を組み替えた。「エディの舌をナイフで切ったんだよ・・・。エディはな、 ジャズが好きで、暇なときにはちょっとしたギグもやるような奴だった。そいつから舌を奪うなんてな。・・・ああ?もちろん、失血死したよ。そしたらレオー ネの奴、さすがにやばいと思ったのか、急に俺とエディを放した。・・・足先から血を流して、エディの死体を担いで帰ったのさ、俺は。そのとき決めたよ。こ れからは二人分話そう、エディのギグの分、奴の分まで話そう、ってな」
 イーノック・リンチはしばしば話の最中に感傷的になることがあった。彼の昔の仲間は大抵死んでいたが、自然死、あるいは寿命を全うした人間はいなかった のだ。彼は映画に出てくるような、典型的なギャングではなかったし、そうありたいとも思っていなかった。「俺はそこまで極悪非道なギャングじゃないだろ う?」彼は尋ね、部下達の沈黙を同意とみなした。「昔はめったなことでもない限り人殺しはしなかったし、今も極力そうしてる。・・・まあ、血気盛んなお前 らの不始末はさておきの話だがな」
「すみません」ジョーイが言った。「努力はしてるんだ」
「知ってるよ。お前らのことはある程度のことぐらい知ってるんだ、俺は。俺だって、若い頃にはよくレオーネの手下ともめたもんだよ。今は俺もあいつもすっ かり大人しくなってるがな・・・あいつは俺よりも年上だから、今は立派な爺さんだ。俺は年齢としてはまだまだいけると思ってるんだが、所詮ギャングだ。明 日どうなってるかなんて知る方法もない。そうだ・・・前々から思っていたことがあるんだが。お前らの中の誰か、誰でもいい。看取らせてやる」
 彼の部下達は互いに目配せしあった。「クリスティなら、ボス。医学部出てるから大丈夫ですよ」
「任せてください」笑顔で答えたクリスティは、ギャングにしては清潔な印象を与える男だった。「おれに任せてください」
「お前になら安心して任せるよ」イーノック・リンチはコニャックの入ったグラスを片手で回しながら言った。「俺もお前みたいにな、クリスティ。少しでも医 学の知識があったらエディや他の奴らは死ななかったんじゃないか、って思うんだよ。・・・時々な。悔しいことに、俺はそう言ったことをまったく知らない。 ショーンも失血死だった。足の付け根を撃たれてな、あっという間だった。ショーンのときはな、奴を一緒に連れて帰ることもできやしなかったんだ、俺は。悔 しかったし、情けなかったよ。だからな、クリスティ。お前みたいなのがいて本当に助かるんだ」
 クリスティは少し考えてから言った。「足の付け根の太い血管をやられちゃ助かりませんよ、ボス」
 それから数日後の午後、イーノック・リンチは五発の銃弾を受けて路上に倒れた。犯人はレオーネの手下の一人だと思われたが、部下達が駆けつけたときには 既にその場にいなかった。
「俺は話し続けなきゃならない・・・クリスティ、いるか?」広がりつつある血の海の上に横たわった彼は言った。「看取らせてやる。・・・任せるぞ」
「肺を逸れたみたいですね、ボス」クリスティは彼のボスの左腕を取り、その手首に軽く二本の指を当てた。
 イーノック・リンチは右手を上げた。「でも助からんだろうな。お前ら、今のうちに握手でもしてくれ」
 そこで彼らは一人ずつ握手した。イーノック・リンチの握力は強く、とても瀕死の男のそれとは思えなかった。
「ありがとよ」彼は言った。「・・・意外と苦しくないもんだな。肺をやられていないから・・・息が、苦しくないからか。元々俺は痛みには強いからな?知っ てるだろう?お前ら・・・。何てったって、足の指を・・・一本残らず、切られてるんだ・・・。後が大変だったんだ、あれは・・・。少し喉が渇いたな、でも 話し続けるよ。・・・足の指がないとな、例えば・・・後ろから・・・少し、押されたと・・・するだろ。・・・踏ん張りが利かないんだよな、これが。・・・ エディと俺、そう、エディ。エディと俺はいいコンビだったんだ。エディは特にべらべら喋るってわけでもなかったが、でも・・・」
 彼の声は次第に部下にではなく、遠くに向かって話すような口調になり、声のトーンが上がるにつれて小さく、細くなっていった。
「俺は元から静かな男だったのに・・・誰だったか?最近、会っていない、奴・・・」
 イーノック・リンチは、今まさに言おうとしている人物が誰なのかを思い出そうと眉を吊り上げた。そして、そのまま死んだ。
 クリスティがその手首から指を離し、静かに時計を見やった。

2006.12.19  輝扇碧