Their Secret


「レオーネのことは今でも怖いね」
 イーノック・リンチはソファに腰掛け、コニャックを片手にしながら言った。「多分、今会ったとしても生きた心地がしないだろうよ。ちびっちまうかもな。 あいつは本当に残忍な奴だ。常人の感覚なんか持ち合わせちゃいないのさ・・・生まれたときからギャングだった奴、それがレオーネだ。だから俺の足の指を一 本ずつちょん切るような真似をしたり、俺の目の前でエディの舌を切り取ったりするような真似ができたんだ。・・・類は友を呼ぶってよく言うが、確かにあい つの手下共の中にも残忍な奴が多いんだ。でもな、例外もいる。・・・そう、所でヒスパーノはどうした?今日はいないんだな」
 彼の部下の中の一人、猫のような目をした黒人が言った。「ジョーイと一緒に、ぶらつきに行っちまいましたよ。ボス」
「ありがとよ、ルイス。それで、あの二人はあれからずっと上手くやっているんだな?」
「ええ、ボス」ルイスと呼ばれた男が答えた。「可愛いもんですよ、ヒスパーノは。すっかりジョーイにくっついちまって」
 イーノック・リンチは頷いてから一同を見渡し、足を組み替えた。「ヒスパーノも馴染んできたかな?これでジョーイの血の気の多さも少しは治ってくれると 俺としては嬉しいんだが。ジョーときたら、人を殺さねえ月なんざないんだ、全く・・・。根はいい奴だ。でも、少し喧嘩っ早すぎる。・・・そうだ、所でどこ まで話したんだ?俺は。・・・ああ、レオーネの手下共の例外だったな。ヒスパーノがいない今の方がいい話かもしれないな。少しややこしくなるかもしれない 気がしたんでね。・・・杞憂に終わってくれることを望んじゃいるんだが。いや、この前知人を訪ねたときにな―そいつの話はまた今度しよう―・・・レオーネ の手下共を見かけたんだ。二人いてね。一人は俺も何度か見たことがある、残忍な男で・・・名前が思い出せんな。まあいい、でもってもう一人は、まだ若く て、ちょうどヒスパーノくらいの年に見える男だったよ。一目でヒスパニックかラティーノ辺りだと思った。それで、そいつらが歩いているのを俺はじっと見て た。すると野良犬が出てきてな。二人の足元をぐるぐる回ってるんだよ。そしたら次の瞬間、片っぽが―残忍なほうの奴が、いきなりその犬を蹴りつけたんだ。 それも一度だけじゃねえ、何度も何度も蹴るんだよ、これが。あんまり蹴りつけるもんだから可哀相に、野良犬は死んじまった。もう一人の若いラティーノは 黙って見てたよ。・・・びびってるようにも見えたな。それで犬を殺した奴は、死骸を道の端に除けもせずに、ラティーノを連れて立ち去ったんだ。・・・ぞっ とする話だよな」
「もしそれがヒスパーノの知り合いだったら!」ギャングにしては清潔な印象を与える男が言った。「彼には辛いことですね、ボス」
「クリスティ、話にはまだ続きがあるんだ」イーノック・リンチはコニャックで舌を湿らせた。「・・・ああ、二人は立ち去った。でも、俺はしばらくの間じっ と見てたんだ、車の中からな。そしたらな、ラティーノ―ヒスパニックかも知れねえし、あるいはラティーノともヒスパニックとも違うかも知れん―とにかくそ いつが戻ってきたんだよ。察しのいい奴はもう分かるか?・・・そいつがな、ついさっき相棒が殺した野良犬の死骸をそっと抱えたんだよ。そのまま相棒が行っ たのとは逆の方向に向かって歩いていった。・・・心が優しい奴なんだな。なあ、そいつがヒスパーノの知り合いだったら、俺は奴がショックを受けると思った んだよ。考えてみろ、自分の知り合い・・・かつての仲間かも知れん、そいつが自分のボスの敵で、残忍な奴の所にいるんだぞ?ヒスパーノにとっちゃ辛いこと だと思ってな。何だかんだ言っても、あいつはまだガキみたいな所があるだろ?そういうわけだ。お前らはどう思う?」
 ルイスが目を細めて言った。「ボス、言わねえ方がいいと思います」
「同感です、ボス。それが一番ですよ」クリスティも言った。「たとえ、その男が知り合いでないにしても」
「他の奴らは?・・・と言うよりは、異論のある奴はいるか?」イーノック・リンチは一同を見回し、足を組み替えたが、誰からの申し出もなかったのでそれを 同意と取った。「よし、じゃあこのことはヒスパーノに言うなよ。・・・いや、ここにいない奴にも言うな。ジョーイの耳に入りでもしたら、あいつのことだ。 隠し切れないだろうさ。俺と、今ここにいる奴だけの秘密にしよう。いいな?・・・とは言ってもな、杞憂を秘密にしただけなんだろうが。まあいいだろう」
 クリスティが時計に目をやった。「夜も遅いですよ、ボス。ジョーイはヒスパーノをどこに連れまわしているんでしょうね?あまり飲ませていないといいんで すが」
 イーノック・リンチはコニャックを飲み干して笑った。「馴染みの女にでも紹介してるんじゃねえのか?」

2007.01.20  輝扇碧