(おれは素晴らしいダンサーだった。今だって、素晴らしいダンサーだとは思わないかい?そのように動かなければ。)
(未だおれがフラメンコを踊っていた頃、いつだって観客達の視線とカメラのフラッシュが待ち受けていて、それはそれは壮観だった。ご婦人方の視線はおれに
釘付け。“色男”の称号を欲しい侭にしていたし、注目を浴びるのにも慣れきっていて、実に堂々としたものだった。)
(ところがどうだ。今、おれの膝は笑い出しそうじゃないか。今日踊るのはフラメンコじゃない。このセニョリータを情熱を持って、華麗に回転させるのではな
く、慎重にエスコートしていかなければ。)
(ああ、セニョリータ。バラより幾分か暗い色をしたそのドレスは、今日という日のために選ばれたかのようじゃないか。見えるかい?きみの傷口から滲み出し
た血がほとんど分からないだろう。体に開いた穴は、その黒いショールが隠してくれる。まさにこのラスト・ダンスのためだけの衣装だ。おれの着ている服だっ
て、全身真っ黒。アクセントはセニョリータ、きみそのものだ。)
(左腕に重さがのしかかってくる・・・。きみを支えるのに、左腕しか使えない。拳銃を持っている右手にも、注意を払い続けなければ。疲れたかい?でも、さ
あ、セニョリータ。歩いてくれないと。ゆっくりステップを・・・そうだ、そう。その調子だ。きみはそのまま、そう、ゆっくりステップを踏んでいたらいい。
おれはその間に、新しい観客達に向かって、離れろと言おう。馴染みの顔はほとんどいないな。おれがいない何年かの間に随分変わったものだ・・・。)
(ああ、警官が。警官がいる。でも安心して、セニョリータ。奴らは銃を捨て、一歩下がった。おれが下がらせた。右手の銃を見せ付けてやったんだよ。これ以
上撃たれたら、君は前に進めなくなってしまうだろうからね。)
(ああ、おれは緊張してしまう。)
(さあ、足を動かして。まだ動けるだろう。真っ赤な口紅と頬紅の下では、血の気が失せているに違いないね?でも大丈夫、きみが上手くこのラスト・ダンスを
おれと一緒に踊ってくれさえすればいい。)
(ほら、しっかりしてくれ。しっかりしろ、ダンサーとして。おれはきみのステップが、それはそれは華麗だと言うことを、この目で確かめて知っているんだ
よ。)
(警官の傍を通るから、顔を見られたくないだろう?随分と青白くて、冷や汗を掻いているじゃないか。でも、きみをしっかり抱き寄せていてあげるから大丈夫
だ。)
(おれのエスコートはどうだ。奴ら、きみが撃たれていることに気づきやしない。やっぱりセニョリータ、きみは素晴らしいダンサーだ。きみのお陰で、このラ
スト・ダンスは素晴らしいものとなったのだから。)
(おれは一度振り向いて、奴らがついてこないように念を押しておこう。おれに体を預けたっていい、でも、ぐったりとしている素振りは見せないでくれ。)
(・・・ああ、急に重くなったね。セニョリータ、もうひと踏ん張りだ。あと少し、おれときみがこのラスト・ダンスの舞台を下り、その幕を完全に下ろしてし
まうまで。)
..2006.12.18. 輝扇碧
ラスト・ダンス