T.
 新米警官のタフィは始めてのパトロールに出て、大きすぎる獲物を捕まえようとしたが失敗し、腹を銃で撃たれた上に、相手にも逃げられてしまっている。太 い血管が破れたらしく、銃創からどくどくと音を立てて地が流れ出している。彼もそれを知っているので、自分の周りに広がった血の海を見ても怯えていない。 彼は日に照らされたコンクリートの熱さを感じる。次いで自分が浸っている血の海の熱さを感じる。やがて体が腹にできた銃創から冷たくなっていくのを感じ る。彼は死を覚悟し、自分を撃って逃げたギャングのことを考える。
 そのギャングはタフィと親子ほども年が離れているように見えたが、タフィを撃つことに何の躊躇いもなかった・・・。
 タフィの冷たくなりつつある体が震え、その目はほとんど閉じられている。コンクリートや血の海の熱さも、寒気のせいで感じない。

U.
 ギャングのサイモンは、ここ数日、安アパートの一室のベッドの中で高熱に苦しんでいる。肩の銃創が化膿し、周囲は青黒く腫れ上がっている。彼は絶え間な く襲ってくる痛みに歯を食いしばるほどの力も残っていない。彼は自分の体が発熱しているのを感じる。次いで体の表面を汗の玉が滑り落ちていくのを感じる。 しばらくしてから、窓の外で雪が降っているのを感じる。彼はしばしその雪の冷たさに思いを馳せる。
 数日前も雪は降っていた。肩を撃ち抜かれたサイモンは、銃創から腕を伝ってきた血で雪を赤く染めた。雪は一晩中降り続き、翌朝には血を覆い隠してしまっ ていた・・・。
 サイモンは体力のほとんどを消耗してしまっている。彼の意識の中には痛みと、全身を支配している熱しか存在しない。彼は炎天下、熱く焼けた鉄の板の上に 仰向けに横たわっているような錯覚を起こし始めている。外では雪が降り続いているが、彼はもう熱さしか感じない。


..2006.10.14. 輝扇碧
死の温度