09. Blind obedience


 あるものに対して盲従する人間は、大抵の場合それに対して見返りのない献身を平気で行う。キットもそう言った人間の一人だった。
 その日の朝も、彼は腫れの引き切っていない顔のまま、いつものようにコニーの所にあいさつをしに行った。「ミスタ・バーグマン、おはようございます」彼 は自分の父親であり上司でもあるこの男のことを、決してファースト・ネームでは呼ばなかった。そのように呼ぶことはコニー自身から禁じられていた(彼はそ れをアンディには許していたが、アンディは決してそうは呼ばなかった)。
 返事がない。彼はもう一度言った。「ミスタ・バーグマン・・・おはようございます。自分です、クリストファーです」
「ボスならさっき出てった」ドアを開けたのはアンディだった。「あれ、思った程腫れてねえな、クリス」相変わらずの下卑た笑みだった。
 キットは目を細めて微笑んだ。「あの方は手加減して下さったんだ」
「まさか」アンディは軽い調子で言い捨てたが、その顔からは笑みが消えていた。「手加減?まさか。盲従しているだけの、ただのでかい犬に」
「自分はあの方の息子だから」キットは言った。彼の言葉をアンディが信じ込んでいるのが分かると、笑みすらこぼれそうになった。なぜこんな無能な男をコン ラッド・バーグマンは気に入るのだろう?
「自分はあの方について行く。それが宿命だ」
「へえ!」アンディが愛想笑いを浮かべていた。
 キットは無言で頷いた。アンディが彼と二人きりになると、途端に落ち着きをなくす理由はうすうす気付いていた。コニーの庇護がない。貧弱な体つきのアン ディが、大柄で腕っ節の強い彼に素手で勝つことのできる見込みはない。
 ちょうどその時、まさに二人の待ち望んでいた声がした―コニーだった。「アンディ?」
「ミスター・バーグマン!」アンディが喜びを顕わにした声で言った。「ああ、お帰りなさい」
「ミスタ・バーグマン」キットはようやくあいさつした。
 コニーはそれには返事を返さずに言った。「クリストファーが小さい頃は、俺もまだ若かった・・・」
 アンディが眉を顰め、キットは首をかしげた。
 コニーは目を細めて、微笑むような表情を浮かべた。「まだ分からんか?俺はお前を、捨てそびれたんだぞ。そういうことだ」
 キットは何か言おうとしたが、しばらく言葉が出てこなかった。
「自分は・・・」ようやく出てきた言葉は、我ながら滑稽としか言いようがなかった。「下がった方がいいですか?」
 アンディが大声で笑いながら言った。「自分で考えな、クソったれ!」
 コニーはもう何も言わなかったが、キットに向けられた背中はことの終わりを告げるのには充分だった。
「・・・“長い”付き合いだったよなあ、おれ達」アンディが言った。「あばよ、クリス」
 キットは踵を返して部屋を出た。アンディがついてきたので、その横っ面を力いっぱい殴った。骨と骨のぶつかり合う音がした。
 アンディは声もなく失神した。キットは彼が地面に倒れる前に、壁にその体を立てかけてやった。

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