08. A piece of good will


 外からこちらを覗いている男がいる。
 『カフェ・エデン』の一席に座ったエドは、下らない内容のタブロイド誌の影から男を盗み見た。目が合ったので、最初から別のものを見るつもりであるかの ように視線を流す。
 男はスーツを着ていたが、ネクタイを締めてはいなかった。髪は白くなりつつある金髪。雰囲気からして、映画に出てくる悪役のようだった。
 しばらくすると、汚れた身なりをした別の男がやって来て、スーツを着た男から少し離れたところでぎこちない伸びをした。その動作から、エドは男の片腕が 不自由なのだと悟った。
 二人の男は何やら会話を始めた。言葉を交わしながら時折エドの方を見たので、彼はぼんやりと外を眺めている振りをした。すると、スーツを着た男が立ち去 り、片腕の不自由な男は地面に腰を下ろした。突然の行動にエドは驚きを覚えたが、すぐに納得した―あんなに汚れた服を着ているから、汚い地面に座り込んで しまっても構わないのだろう。不意に彼はこの男について知りたくなったので、タブロイド誌を机の上に置き去りにしたまま外に出た。
「お客様、支払いは?」店員が目を丸くして叫んだ。
 エドは答えた。「戻ってきてから払いますよ」
 外に出てみると、男はガラス窓の前で日差しを浴びながら座っていた。エドが立ち止まると、薄汚れたハンチングを被った頭を持ち上げて彼の方を見た。
「こんにちは・・・どこにお住まいの方ですか?」エドは笑みを浮かべながら言った。
「いや、家は持ってない」
「貸家ですか?」
「いや、ないんだよ。俺は貧乏人なんだ。情報屋をやっているだけじゃあ、これで精一杯でね」
「情報屋・・・。じゃあ、オフィスはどこにあるんですか?」
「いや、そんなもんはねえよ。あるとしたら、俺の頭ん中だ」
 男の答えに、エドは面食らっていた。彼にとってこの男は、まるで別世界の住人だった。
「・・・お若いの、名前はなんて言うんだ」男は苦笑して話題を変えた。「見たところ、かなりの世間知らずのようだが」
「エドワードです。エドワード・リー・シェパード」
「エドとやら、俺はラリー。ちびっ子どもにはラリーおじさんって呼ばれてる」
「そうですか・・・ミスター・ラリー」
「堅苦しいからラリーって呼びな、エド坊っちゃん。あんまり賢くないんだな。黙ってりゃあ、使える奴に見えるのに。だから、ドンが引き抜こうとして覗って たわけだ」
「ドン?」エドは彼のことを覗き見ていた、スーツを着た男の姿を思い浮かべた。「ギャングのドン?」
「ああ。お前さん、あいつに捕まっちまったら、金せびられて殺られるのがオチだぞ」
「知らなかった・・・」
「だろうな。でも安心しな、エド坊っちゃん。俺が誤魔化してやった」
「どうやってですか?」
「情報屋が嘘なんざ、流しちゃいけねえとは思ってるんだがな」ラリーと名乗った男は口でこそそう言っていたが、顔は得意げな表情を浮かべていた。「これが 現実だ。いつもカフェで人を眺めてるうちに、何となく分かってはいるんだろ?現実が甘くないってことぐらい」
「僕を見ていたんですか?」
「質問が多いな、エド坊っちゃん。まだ前の質問に答えてないだろうが」
 エドは黙って先を促すことにした。ラリーの言っていることは正しい。
「お前さんのことをな、大学を辞めさせられたせいで精神を病んで、廃人になっちまった男だって言ったよ。そしたらドン・・・コニーは行っちまった。だから 奴の前で、お前さんは廃人になれよ」
「へえ・・・それはありがとうございます」エドは礼を述べたが、ラリーの言っていることに実感が持てなかった。理解するのには時間がかかりそうだ。一度 『カフェ・エデン』に戻って、ゆっくり考えるのも悪くはないだろう。
 彼はラリーに別れを告げて店内の席に戻り、下らないタブロイド誌を折り畳んで向かいの椅子に置いた。ラリーのことを考えた。情報屋をしていると言ったラ リー。自分が今までにあったことのない類の男。
 ここにいて飽きることは決してない。

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