14. A terrible visitor


 とんでもない客が入ってきたもんだ。
 額から脂汗を流しながら、パコは少しでも痛みを軽減させようと体ごと手首を捻った。途端にナイフに力が込められ、呻き声が悲鳴になった。
「俺は嘘を吐いた奴には容赦なくてな・・・」ギャングのボス、コニーはナイフの刃をゆっくりと前後させ、さらにパコの中指を深く切っただけでなく人差し指 にまで傷をつけた。「アンディはここに来たんだろうが!」
「・・・そうだ、嘘を吐いたんじゃないよ。・・・忘れてただけなんだよ、ドン。来た、ここに・・・来た!」カウンターに突いた手がずり落ちそうになったの で、パコは辛うじて上体でそこに乗った。ふと外を見ると、何日か前に口から血を流してやって来た男の姿があった。当たり前のことだが、驚いた様子でこちら を見ている。
「いつのことだ・・・マスター?」コニーがさらにナイフを押した。「教えてくれたら、俺はさっさと出て行ってやるんだが」
 パコは殆ど啜り泣きながら答えた。「・・・二日・・・そうだ、二日前。ドン、二日前だ」
 骨を引っ掻く耳障りな音と感触を残して、ナイフが持ち上がった。たちまち塞き止められていた血が、パコの指先からカウンターに広がっていった。
 コニーがパコの右頬を片手で捉えて優しく髪を撫でたが、その動作にあったのは残忍さだけだった。「マスター、よく言ってくれた。俺は最初っから、それ が・・・聞きたかったんだ」
 パコはコニーの顔が近付いてきた隙に、無事だった右手で外に向けて追い払う仕草をした―帰れ!ドンに見つかる!
「安心するといい。俺はもう二度と来ない。そう・・・二度と、だ」コニーが低く囁いた。
「・・・そいつは嬉しいね」パコは震えながら頷いた。
「ナプキンを頂こうじゃないか」コニーは若いマスターが血塗れの手でタバコを取り出して火を点けるのを横目で見ながら言った。
「ナプキン?」パコは軽く煙に咽せた。
「血を拭くんだよ!」コニーが忌々しげに目を細めた。「ナイフを汚しやがって」
 汚れたナプキンを投げ捨ててコニーが出て行った途端、パコは腰を抜かして座り込んだ。
 しばらくして、タバコに付いた血も茶色く乾いてきた頃、バー『ラ・エスペランサ』のドアがノックされた。
「帰ってくれ」パコはカウンターの陰から弱々しく言った。「二度と来ないって言ったくせに」
 たちまち店内に足音が入って来ると、カウンターの前で止まった。次の瞬間、カウンターの上に若い男の姿が現れた。さっき外にいた男だ。
「あんたか」パコは呟いた。「ドンにやられなくて良かったな」
「あの人は自分の親父だ」男が言った。「この前借りたものを返そうと思って来たけど・・・」
 パコは血塗れの指で挟んだタバコを男の鼻先に突きつけた。「結構!じゃあ、あんたもギャングだよな。生憎ギャングはあんたの親父さんだけで足りてる よ!」
 男はパコの指を見て顔を顰めた。「手当てが必要だ。・・・自分は、キットって呼ばれてる。ギャングはもう辞めちまった」
 指の手当てをしてもらっている間、パコはひっきりなしにタバコを吸いながらキットの話に耳を傾けていた―ギャングの世界から足を洗った、ドンの息子だっ て?
「・・・とんでもない客が来たもんだよ」パコは吸殻の積もった灰皿にタバコを押し付けた。「お陰でここにはギャングが出入りするようになるさ」
「いや」キットが左右で色の違う目を半分閉じた。「そう言ったんなら、あの人は二度とここに来ない」
「確証は?」
「ある。ずっと見てきたから」
 その確固たる口調にパコは一種の違和感を覚えた。「でも、もうお別れしたんだろ」彼はキットの格好を見てそう言った。ジーンズにポロシャツ、足元はス ニーカー。髪の毛は立っていない。
「多分、見なくても分かる・・・」キットが言ったが、先程よりもその声は不安げになっていた。

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