15. A corpse


「髪を切って、きみはますます奇麗になったよ!ガッデス」
「うるさいね、止しとくれ!」ガッデスは振り向かずに歩き続けたが、それでもアンディを振り切ることができずに路地裏まで来てしまった。もうこれ以上、こ のストーカーに情けはかけられない。何日か前に目を合わせてしまったのがいけなかった。立体感のない顔、陰湿な目―全てが彼女の夫、ハリーとは正反対だっ た。
「俺の言葉を覚えててくれたんだ」
 髪を切ったことを言っているのだろうか?
「ガッデス、おれだっていつまでも焦らされてるだけの男じゃない」アンディがすぐ後ろにいた。
 ガッデスは反射的に振り向き、背中を壁に預けた。アンディの我慢が限界に達しようとしているよりも早く、彼女の堪忍袋の緒は切れていた。彼女は肩からス トールを外すと、それで隠しながらハンドバッグの拳銃を取り出した。
 ごめんね、ハリー。彼女は心の中で謝罪した。あたしの短気さは、あんたが死んでから酷くなる一方みたい。
「・・・何してる?」アンディの顔に不安がよぎった。
「ガッデス・・・女神と言ったね、あんた。あたしのことを」ガッデスはストールの中で拳銃の引き金に指をかけた。「その女神は、あんたに金輪際会いたくな いんだよ!」
 引き金を引いたガッデスは、発射された弾がアンディの額を撃ち抜き、彼の体がごみ箱から溢れた生ごみの上に倒れこむまで瞬き一つしなかった。アンディの 死体を見下ろした時の感覚は、記憶の中のそれと酷似していた―死体が一つ。前と違うのは、発砲した女の職業だけ。
 彼女は目に涙を溜めて後ずさった。瞬きすると涙が零れた。途端に自分のやったことが恐ろしくなった。不安に駆られて辺りを見回したが、人の姿はおろか、 気配もしなかった。
 表通りに出ると、彼女は路地裏を振り返った。
 アンディ・ジョーンズの死体は生ごみに埋もれているために殆ど見えず、そして、それらと共に腐り行く運命にあった。

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