16. The man who disappeared


 最近のフィッツィは、仕事でもすこぶる気分が良かった―アンディ・ジョーンズが姿を見せていない。彼に脅かされていた少女、エミリーもその後は困ってい ないようだ。会う度に無邪気に話しかけてくる。
 ところが、パコに会うために『ラ・エスペランサ』に行った途端に心配事が出来た。店にやってきたギャングに、拷問に近い尋問を受けたらしい。
「中指を持ってかれるところだったよ」ビールのジョッキをカウンターに置いたパコがそう言った。左手の人差し指と中指を合わせて包帯で巻いているので、タ バコを挟むことが出来ずに、親指まで使って持っている。苛立ちが募るのか、眉間に皺を寄せながらタバコを吸う癖がついていた。
「災難だったな」フィッツィは自分のタバコに火を点けながら言った。「・・・おい、眉間に皺が寄ってるぞ」
「そりゃあ、上手くタバコが持てないから」
「ははは、俺みたいに咥えりゃいいのに」
「ただでさえ、ぼくはあんたみたいにハンサムじゃないから、顔がゆがんでもらっちゃ困るのさ」
「じゃあ俺が持ってやろうか?」笑いかけていたフィッツィは、カウンターに残った傷跡―ナイフの痕だ―を見つけ、眉を寄せた。「・・・パコ?」
「ん、何だい」
「相手はナイフを持ってなかったか」
「ああ。銃は持ってなかったのかも。でも、コニー・バーグマン一人だった・・・珍しいよね、ドンがたった一人の下っ端のために動くなんて」
「そんな奴が来たんだったら、お前・・・」フィッツィは続く言葉を飲み込んだ。パコは幼い時、両親に連れられて密輸船でこの国にやってきた不法移民だ。 フィッツィが働いている所はこの地域を取り締まっているが、他と同じように不法移民に対してはあまり良い顔をしない。
「行ってもどうせ、ぼくがこのまま帰ってこれる保証はないだろ」パコが鼻を鳴らした。「病院にだって行ってない。代わりに客が紹介してくれた、もぐりの医 者に診てもらった」
「客・・・ギャングか?」フィッツィはそう言った後で、ふと思い出したことを口にした。「そう言えば、アンディ・ジョーンズを見かけなかったか?」
「ここ二日ほど見てないね。・・・ああ、客は元ギャングだよ」
「ギャングって・・・バーグマン・ファミリーか?」
「ファミリー・・・ほんとの家族だよ。その息子さ」
 フィッツィは咥えたタバコの端を噛んだ。ファミリーこそ最近目立った活動はしてないものの、コニー・バーグマンの狂気じみた残虐さは目に余るものがあ る。「どんな奴だ?」彼は煙を吐き出して尋ねた。
「見りゃすぐ分かる、大男さ。顔はぱっとしないけど、よく見てみろ、左右で目の色が違うんだ。珍しいね。ギャングには見えない奴だよ」
「アンディ・ジョーンズを見かけない。入れ違いに、バーグマンの息子がやってきた―これは一体何なんだ?何か起こるぞ」
「考えすぎじゃないか、フィッツィ?」パコが溜息を吐いた。「あんたは几帳面すぎるんだ。エリートらしくね」
「いや・・・俺がおかしいんじゃない、パコ」フィッツィはタバコを灰皿に押し付けた。「俺はいたってまともだ。パコ、俺はおかしいか?高校を首席で卒業し た時、嬉しかった。試験でAをとった時、喜ぶお袋と、頬にキスをくれる親父。嬉しかった、当たり前のことだ・・・」
「ぼくにはよく分かんないけど、あんたはまともだよ。フィッツィ、そしてエリートだ」
「伝わったようでよかった」フィッツィは気の抜けたビールを飲み干した。「何かが起こる。そんな気がする」
「アンディ・ジョーンズが消えたのか?」パコが言った。「女の尻追っかけてんだ。女にくっついてったんじゃないのかい」
「アンディがいなくなった。バーグマンが一人で街をうろつき、その息子がここに来た。何かある」
「キット―バーグマンの息子は借り物を返しに来たのさ。この前ぼくが貸した氷嚢を」
「パコ、俺は神経質な男だ」フィッツィはコースターを指で弄び始めた。「お陰で俺と結婚したがる女はいない」
「そりゃ勿体ないな」パコが煙を吐いて笑った。「それと、さっきの話。いつの間にか消えた男なら、いつの間にか出てくるよ。そんなもんさ」
「パコ、お前は楽天家だな。バーグマンに指を切られたんだろう?」フィッツィは頭を抱えた。「何か・・・何かが起こる気がするんだ」

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