17. Black coffee


「横の席に座っても?」
 外を眺めていたエドは男の声で我に返った。「・・・すみません、何か言いましたか?」
「横の席に座っても?」
「・・・どうぞ」エドは男を見た。ジーンズに白いシャツ姿の、非の打ち所のないハンサムな黒人だった。映画俳優の中に紛れていたとしても、何ら見劣りしな いだろう。
 男は白い歯を見せて笑い、腰を下ろした。「失礼」
「・・・何か僕に用ですか?」エドは純粋な疑問から尋ねた。
「まあ、そんな所だ。俺は刑事をやっているんだが・・・君は見かけたことがあるかもしれない―聞いたよ、いつもここにいるんだろう?」
「身分を証明するものは?」エドは言った。昔から母親に口煩く言われていた―身分の証明できない刑事を当てにしては駄目よ、あなたを誘拐する人なのかもし れないのだから。
「ははは、警戒させてしまったようだ。悪かった、俺はこういう者だ」男はシャツの胸ポケットから警官バッジを取り出して見せた。フィッツジェラルド・ロ ウ。バッジには彼の名が記されていた。
「それで、そのミスター・ロウが僕に何の用ですか?」エドは無意識に眉を顰めた。警察と関わるようなことはやっていないが、毎朝ふらりと出て行く息子を心 配した母親が行動を監視させているのかもしれない。エドの母親は、彼の父親と比べてあまりにも大らかさに欠けていた。
「人探しをしているんだ。ええと・・・」
「エドワードです、ミスター・ロウ」
「フィッツィでいい。気を楽に、エドワード」
「フィッツィ」エドは呟いた。
「さて、話を戻すが」フィッツィが穏やかな声で言った。聞き手に安心感を与える、心地よい低さの声だった。「探しているのは、アンディ・ジョーンズという 男なんだが」
「どんな人ですか?」
「ギャングの一員だ。そいつが女を追い掛け回していて・・・」
「金髪の女性ですか?」エドはフィッツィの方に体を向けた。その二人なら少し前に見たことがある。
「ああ、そうだ」フィッツィもエドの方に体を向けた。「・・・君の正面に座ろう」
 フィッツィが正面の席に腰を下ろすのを待ってから、エドは声を潜めて言った。「見たことがあります。ずっとその女性に付き纏って・・・その彼がどうかし たんですか?」
「エド、彼はここ数日行方不明になっている。君は見かけなかったか?」
 エドはこのハンサムで人好きのする警官の役に立ちたかったが、ありのままを述べた。「僕もここ数日、見ていません」
「そうか・・・」フィッツィの声に失望が混じった。彼はやってきたウェイターにブラックコーヒーを頼むと、再びエドの顔を見た。「君はいつもここに?」
「そうです」エドは冷めたミルクティーを啜った。「毎日、開店時刻から閉店時刻まで、この席に座って人を見ています」
「差し支えなければ、ファミリーネームを尋ねても?」フィッツィは運ばれてきたカップに口を付けたがすぐに顔を顰め、舌をぐるりと回した。「熱すぎ る!・・・駄目か?名前の方は」
 エドは少し考えてから言った。「いいえ。僕だけ名乗らないというのも失礼ですよね。シェパードといいます」
「シェパード・・・。あのホテルの?」
「そうです」エドは誇らしげに言った。「チャールズ・リー・シェパードは僕の父です」
「お父さんに目元がそっくりだな」フィッツィはコーヒーを一気に飲み干した。「さてと、もう行かなくては」彼は立ち上がると、エドの右腕の付け根を、一瞬 強く握った。「また協力してもらうことがあるかも知れない。エド、会えて光栄だった」
「そんな・・・」エドは椅子から腰を浮かしたが、結局立ち上がる時機を逃してしまった。「お役に立てなくてすみません」
 フィッツィは返事の代わりに白い歯を見せて笑うと、会計を済ませ、そのまま振り返らずに出て行った。
 彼が颯爽と歩き去るのをエドは店内から見ていた。そして、彼の姿が見えなくなってから、ブラックコーヒーを頼んだ。

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