18. The situationトレンチコートの襟を立て、ハンチングを深く被り、ラリーは『カフェ・エデン』の前にいる女が小刻みに震えているのを道端で見ていた。 アシーナ―ガッデス。女の名前を心の中で呟いた。具合が悪そうに見える。 「姐さん、倒れる前に座りな」 「・・・ありがと」女―ガッデスが小さな声で言った。「あたし、アル中なのかも」 「知ってるよ」ラリーは延び放題になっている髭の下で笑みを浮かべた。「ギャングにも追い回されてるし・・・辛かったんだよな」 「ギャング?」 「姐さん、お前さんがあまりにも可哀相なもんだから、俺は目も当てられなかったんだ。だから教えてやる。アンディ・ジョーンズはバーグマン・ファミリーの 一員だよ。コニー・バーグマンの名前ぐらい聞いたことあるだろ」 ガッデスの震える息の音が聞こえた。 「ギャング・・・アンディが・・・」そう言った時、彼女はほとんど泣き出しそうだった。「ああ・・・何て奴なの」 「俺はお前さんの名前を知ってたよ。そう、ずっと前から」ラリーは左手でハンチングをほんの少しだけ持ち上げた。「俺はラリー。情報屋だ」 「そう・・・ラリー、ね。だったらあたし、あんたにチップを払わなきゃ」 「いや、受け取らんよ。今のは俺の好意だ」 「じゃあ、あたしの事をずっと前から?」 ラリーは一瞬返答に迷ったが、すぐに喉の奥から笑うことでそれを隠した。「少なくとも、お前さんが髪を切る前からな」 「一週間もたってやしないじゃないか」カッデスが笑って言った。「髪を切ったお陰で、ここ数日飲めてないの」 「金髪にしてるとき、お前さんは若作りして見えた」ラリーは、ガッデスの髪の毛の先にわずかに残ったブロンドを見ながら言った。「今の方がお前さんらしい よ。酒だって、ほら、抜けかけてる」 「状況が変わったの」ガッデスが言った。「酒を止めれそうなの。色々と考えなきゃならないことも出てきたことだし」 ラリーは頷いてから言った。「そう言えば、あのストールはどうしたんだ?お前さん、毎日持ち歩いてたろ」 ガッデスが答えるまでに長い沈黙が続いた。 「・・・無理して言わなくてもいいさ」ラリーが言った。 「・・・ありがと。それで気分良くなった」ガッデスが立ち上がり、尻に付いた汚れを払った。「あんたとはまた話したいわ、ラリー」 「俺も同じ気持ちだよ、女神さん」ラリーは髭の下で満面の笑みを浮かべた。 「あんた今、笑ったね。あたし分かったよ」 立ち去るガッデスと入れ違いに、少女がラリーの元へとやってきた。 「ラリーおじさん、あの女の人」 「ああ、エミリー。お前さんの言ってた奴だろう」 「アンディを追っ払ったんだね、きっと」少女が屈託なく笑った。「格好いいな。・・・アンディの奴、きっとお巡りさんに捕まったんだよ」 「それは情報じゃあないだろう、エミリー」ラリーはそう言ったきり黙りこんだ。 状況が変わった―ガッデスはそう言った。それはラリー自身にも当てはまる事だった。いったいいつまで、ありのままの情報を売ることができるのだろうか。 己の保身のために、利き腕の不自由な浮浪者ができることはそう多くはないはずだ。 back
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