19. The change


「やっぱりいいもんだね、タバコが人差し指と中指で挟めるってのは」
 パコはそう言いながら、長い傷跡が残る指で挟んだタバコを灰皿の上で振り回した。「医者とも知り合いになれたし、ぼくはあんたに感謝してるよ、キット」
 キットが困ったような笑みを浮かべた。「自分は、大した事してない」
「あんた、相当献身的な人間だね」パコは長々と煙を吐き出してから言った。「店の手伝いまで無償でやってくれてる奴の言うことじゃあないよ。ちょっとは欲 出しな」
「親父のせいで無欲にできてるんだ」キットが薄く笑った。目元にかかった前髪の落とす不規則な陰影が、色の違う左右の瞳をより印象付けている。「直りっこ ない」
「人間一度欲が出ると、その後は早いもんさ」パコはグラスの数を指で数えながら言った。数が一つ減っているのは、手伝いを始めた日にキットが割ったから だ。「まあ、あんたはそろそろ帰れよ。後はぼくがやるからさ」
「自分はここにいた方が安全だ」
「ギャングが来たバーなのに?」
「親父と会わずにすむ。あの人自身が、二度と来ないと言ったんだ」
「そんな事も言ってたっけ」
 キットが目を半分閉じた。「親父と会わなけりゃ、自分は変われる気がする」
「もう変わり始めてるさ」パコはカウンターの傷―コニーがナイフでつけたものだ―を指で弄りながら言った。「前髪を鬱陶しく下ろしただけで、誰もあんたが ギャングだってわかりっこない」
 キットが声を立てて笑った。少年のような声だった。「・・・所で、『ラ・エスペランサ』の意味は?前に教えてくれるって言っただろう」
「・・・凄い記憶力だな」パコは新しいタバコに火を点けた。「ギャングが二度と来ないってのに、似てるかも」
「具体的だ」キットが神妙な顔を作って見せた。「自分はスペイン語が分からない」
「辞書引きな・・・って言っても、ここにはないよ」
「じいさんに訊いてくる」器用にカウンターを乗り越えるたキットが、出入り口へと向かった。
 パコは眉を顰めた。「あんたにじいさんが?」
「いや、情報屋だ。ラリーって言うじいさんだ」
「へえ・・・。今度店に連れて来なよ」
 キットが頷いて出て行くのを、パコはタバコを吸いながら見ていた。考えてみれば、彼が自分から人に会いに行くことはほとんどない。店を開けておくことに なるからだ。それに、客以外の知り合いもいない。
 だが、今はキットがいる。外の様子を見に行くのもいいかもしれない。
 数分ほど経ってから戻ってきたキットが、入ってくるなり言った。「希望」
「そうさ、ギャングが現れないってのは、希望だろ?」パコは笑みを浮かべた。「ぼくが話した通りさ、キット」

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