21. A passer


「見て。死体袋よ」
 パトカーの灯を眺めていたエドは、誰にともなく呟く女の声に振り返った。
「殺されたのね・・・」声の主はエドから一つ離れた席に腰掛け、コーヒーを飲んでいる女だった。
 エドは女の横顔を見た。見覚えがあった―確かギャングに追われていたのではなかったか?髪の色こそ変わってはいるが、顔は同じだ。
「あなたは・・・?」彼は尋ねた。「この店で見かけたことがないものですから」
「通りすがりの客よ」女が言った。
 エドは再び女の横顔を眺めた。目元や口元に、目を凝らさないと分からないような小皺があった。澄んだ瞳、くっきりと弧を描いている眉。顔全体から意志の 強さが滲んでいる。
「・・・坊やは良い所育ちみたいね」ハンドバッグを探りながら女が言った。「世界が違うわ、あたしとは」
「父がホテルを経営しています」
「やっぱりね」女は外を見続けている。「そう・・・あたしね、もうすぐここを出て行くの」
「どうしてですか?」
「あたしに関わった人間が死んだのよ。それに、以前には・・・夫の死もここで聞いた」
「それをどうして僕に?」
「さあね」女は軽く首を横に振って、立ち上がった。
「さようなら」エドは女に微笑みかけた。「新しい土地でも頑張って下さい」
「ありがと」女が言った。「坊やはずっとここにいるみたいね」
 エドは女が足早に、そしてパトカーを避けながら歩き去るのを見ていた。それから、彼女のことをフィッツジェラルド・ロウに言うべきか否か、考えを巡らせ 始めた。

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