22. A load


 人気の少ない裏通りで立ち止まったガッデスは、自分がこれからどうすべきなのかを決めかねていた。早々にここを立ち去るべきなのだろうが、それでは知人 達に自分がアンディを殺したと言っているようなものだ。ここは不自然でない程度に隠れているべきだろう―でも、どこに?
「また会ったな、姐さん」
 物陰から聞こえた低い声には見覚えがあった。「・・・ラリー?」
「ああ、そうだとも」ラリーはそう言って立ち上がった。「俺はあちこちにいるんでね」
 ガッデスは大きく深呼吸した。「・・・ねえ、ラリー。聞いて。これは売り物にしてもらっちゃ困ることなの」
「ほう?何かね」
「あんたは知ってたかもしれないけど、あたし・・・アンディを殺した」彼女は一旦言葉を切り、相手の表情を見やった。
「・・・そいつは聞きたくなかった」長い沈黙の後、ラリーが呟いた。「厄介事、背負い込んぢまって」
「そうね。ああ、どうしたらいいの?」ガッデスは天を仰いだ。「・・・どうしたらいいの?」
「積荷を降ろせ、アシーナ」ラリーがそう言いながら、ハンチングを僅かに持ち上げて見せた。「・・・いいか。どんなにタフな奴がいようと、命は一つしか背 負えない。今、お前さんが背負ってるのは二つだ」
「降ろすの?どうやって?」ガッデスは尋ねたが、同時に答えに近い確信を得た。「・・・ラリー」
「そう、昔やっとったようにな」ラリーが言った。「アンディを射殺した犯人の一人だと考えろ」
「・・・ああ!」ガッデスは再び天を仰いだ。「ハリー・・・ハリー、それなら簡単よね」
「アルコールが抜けたな」ラリーが小さく笑った。「アル中だったのはどこのどいつだ」
「色々あったからね」
 ラリーと別れてから、ガッデスはバー『ラ・エスペランサ』へと足を運んだ。人目を避けて、裏口のドアをノックした。「マスター、いるの?」
 ドアが開けられたが、姿を見せた大柄な男は、マスターのパコではなかった。ブルネットの長い前髪が、片目を隠している。ガッデスを見下ろした目は、氷の ような色をしていた。彼は驚いた様子もなく言った。「マスターは、今寝てる」
「あんた、誰?」ガッデスは怯え気味に眉を顰めた。「とにかく・・・中に入れてよ」
「バーは閉まってる」男はそう言いながらも招き入れる仕草をした。「自分はクリストファー。キットって呼ばれてる」
「最近ここに来たのね?キット」
「ああ」キットがそう言って、目にかかった前髪を邪魔そうに払った。
 ガッデスは、彼が非凡な瞳をしていることに気が付いた。左右で瞳の色の濃さが違う。隠れていた左目は深い青色だった。瞳以外の部分も、彼女からしてみれ ば悪くはなかった。薄い唇に浮かんだ笑みが美しい。それは彼女にハリーの唇も薄かったことを思い出させた。
「あんた、もてるんだろうね」彼女は本心から言った。
 キットが半分目を閉じて言った。「まさか」
「そうだよ、そいつの言う通りさ」聞きなれた声がした―パコだった。「陰気な表情してるんだよ、キットは」
「マスター!ごめんね、起こしちゃった?」
「気にしなくて良いよ。それより、久し振りだ」
「そう、あのね・・・お願いがあって」
「ん、何だい」パコがタバコに火を点けながら言った。
 ガッデスはあらかじめ考えておいた嘘を口にした。「少しここにいさせて欲しいの。家が差し押さえられちゃって」
「そいつは可哀相に・・・。いいよ、二回のぼくの部屋を使うといいさ。時々こいつ―キットが出入りするけど」
「ありがと、マスター」
 奥に戻っていくパコの華奢な肩を見ながら、ガッデスは先程のラリーの言葉を思い出していた。
 この青年にとって、自分と自分が抱え込んでいる厄介事は荷が重過ぎるのではないか。まだ人を殺したことを言っていない。
 いつの間にか後ろにいたキットが、そっとドアを閉めた。

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