23. Reserved


 連絡先を知らせておけばよかった。
 『カフェ・エデン』の店内を見回した時、フィッツィはそう公開せずにはいられなかった。シェパードの坊やの姿が見当たらないじゃないか。どこに行った?
 彼はブラック・コーヒーを頼むと、エドが普段座っていた席に腰掛けた。タバコに火を点けると、自責の念が押し寄せてきた―あの青年が当てにならないなん て、どうして俺が判断できる?警官として恥ずべきことだ、フィッツィ。
「くそ」彼は煙を吸い込む前のタバコを灰皿に押し付けた。「エドワード坊や、俺は今、君が必要なんだ」
 彼は制服を着ていなかった。これは彼自身の方針だった。警察官の制服は、時に必要以上に威圧感を与え、相手を萎縮させてしまう。できるだけ対等な立場で 話せる方がいい。
 やがて新しく火を点けたタバコを吸い尽くしてしまった頃、フィッツィは窓の外に待ち望んだ姿を見つけた。
 エドがやって来た。少し驚いたような表情が目元に浮かんでいる。
「やあ」フィッツィは笑顔で言った。「ここは指定席か?」
「いいえ、ミスター・ロウ」エドが立ったままで言った。「でも、タバコを吸っていたのでびっくりして」
 フィッツィはばつが悪くなって肩を竦めた。「禁煙じゃないんだろう?座ったらどうだ、エド」
「ええ、そうします」
 エドが横の席に座った後、フィッツィはポケットからガムを取り出して口に放り込んだ。エドがタバコを好ましく思わないとは知らなかった。フィッツィ自身 は、酒とタバコとは女よりも仲が良かった。
 運ばれてきた紅茶にレモンを搾り入れ、優雅な動作でカップを口元に持っていくエドを横目で見ながら、フィッツィは言いたい事を頭の中で整理した―アン ディ・ジョーンズが他の誰かといるのを見たことが?
「ええと、ミスター・ロウ」エドがカップを左手の指で叩いた。「僕が何か言うべきですよね」
「ああ。そうだが・・・俺から先に尋ねた方が早いな」彼は自分のカップの受け皿で灰皿に蓋をしてから、口の中のガムを舌先で頬の奥に押しやった。「・・・ アンディ・ジョーンズの事なんだが、奴が誰かといるのを見たことが?」
「それは女の人だけです」エドが淀みなく答えた。「それで、その女の人の事なんですけれど」
「話を聞こうか、エド」フィッツィはコーヒーを一口飲んだ。「彼女が何か?」
「アンディ・ジョーンズと一緒にいました。でも、彼が一方的に付きまとっているみたいです」
「続けて」
「ブロンドの・・・いえ、今はダークヘアの女性です」
「今?」フィッツィは思わずエドの方を向いた。「いつ会った?」
「少し前・・・昨日ですね。僕に話しかけてきたんです」
「神様!」フィッツィは呻いた。「ああ・・・続けて。内容は?」
「人が死んだ、とか他愛のない世間話です」エドはそう言ってから自分で眉を顰めた。「人が死んでいるのに、他愛ないとは可笑しいですよね」
「他には?」
「いいえ。これで全部です」
 フィッツィは腰を浮かせた。「ありがとう。・・・役に立ったよ、エド」
「いいえ、僕の方こそ、お話出来てよかったです」
 肩で風を切って歩きながら、フィッツィは口の中に入ったままのガムを舌で弄んでいた。女とは、パコが以前言っていた、アシーナという名の女だろうか?だ としたら早急に『ラ・エスペランサ』に行く必要がある。

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