25. Six feet and a half


「迷惑かけていいか、マスター」
 裏口のほうから聞こえた男の声に、居眠りをしかけていたパコは我に返った。「・・・ああ、いいとも。入りな」
「失礼するぜ」片手でドアを開けて入ってきたのは、中年の浮浪者だった。彼は後ろを向いて言った。「ほら、お前らも入れ」
「まだ、誰かいるのかい?」パコはカウンターから身を乗り出した。
「お若いのが倒れてたんでな・・・おいジョニー、もっと静かに運べ」
 年はまだ二十歳にも満たないであろう、若い浮浪者が言った。「ラリーおじさん、こいつむちゃくちゃ重いんだぜ」
 二人がかりで引きずられてきた男を見たパコは、思わず目を剥いた。黒いスーツに身を包み、髪を後ろに撫で付けてはいたが、キットだった。特に目立った外 傷はないように見えたが、顔色が青かった。
「どこをやられたんだい?」
「腹だよ、マスター」中年の浮浪者が言った。「医者には連れて行けない事情がありそうだが、死にはせんだろう」
 パコは安堵の溜息を吐いた―ここで死人になられては困る。「そいつはどうも。それで、あんたは・・・」
 浮浪者が短く答えた。「ラリー」
「ラリー?そう言えば、こいつから前に聞いてたよ。一度来て欲しいと思ってたところだ」
「ほう、そうか。・・・さて、こいつを転がす場所はあるか?」
「二階にぼくの部屋が。でも、女がいる」
「姉ちゃんなら大歓迎だぜ」ジョニーと呼ばれた青年が言った。
 パコは二階に駆け上がってから、下に呼びかけた。「運んできな」
 部屋のドアを開けると、ガッデスが部屋の隅に立っていた。「誰か来たの?マスター」
「怪我人さ。少しうるさくなるけど、ごめんよ」
 ガッデスはパコをちらりと見て、それから髪をかき上げて笑みを漏らした。「分かったわ」
 パコは部屋のドアを大きく開け、不意の来客達を通した。彼らの足元を見たが、三人とも靴を脱いでいたので安心した―普段から、部屋には土足で入っていな い。「察しが良くって助かるよ、あんた達」
「いや、それは違う」部屋に入ってきたラリーが言った。「俺はそうだが、あのガキ共は元から靴なんて履いちゃいないのさ」
 数分後、パコが『ラ・エスペランサ』の看板の下に閉店の札をかけて戻ってくると、部屋は随分と狭くなっていた。キットが床に転がされ、それを囲むように してガッデスと浮浪者たちがいた。パコはいつだって人の多いほうが好きな男だったが、これには閉口せざるを得なかった。浮浪者たちが耐え難い悪臭を放って いる。
「窓を開けてくれよ」彼はガッデスを見て言った。「それから、あんた達。着替えはないけど、まずシャワーを浴びろ。汚すぎる」
「どうも。それじゃあラリーおじさん、先に浴びようぜ」小柄なほうの浮浪者が言った。「マスター、ラリーおじさんは右手が不自由なんだ」
「髭を切るなら鋏があるよ」パコはキットの上着を脱がせながら言った。
 改めて見ると、キットは本当に大男だった。六フィート半はあるだろう。狭い部屋の間取りにあわせて買った、パコの小さなベッドには寝かせられない。
「具合はそう悪くなさそうね」後ろからガッデスが言った。「肋骨は無事みたい。死にっこないわよ」
「アシーナ、どうして分かるんだい?」彼女に向かってパコは笑いかけ、サンダルを突っかけながら言った。「食うもの作ってくる。ここを任せるよ」
 ガッデスは頷いた後、小さな声で言った。「あたしね、昔・・・警官だったの」

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