26. A Question


『カフェ・エデン』の前の歩道に見覚えのあるトレンチコートを姿を見つけたエドは、思わず顔を綻ばせた。久々に話しをしたい気分だった彼にとって、まさに ラリーは良き相談者だった。
 エドが外に出ると、道路の端に停められた車から一人の男が降りるのが見えた。小柄な男だった。小麦色の肌に、ショートカットの黒い髪。派手ながらのシャ ツに黒いジーンズを履き、左手の指でタバコを挟んで持っている。大きな黒い目の持ち主だった。
「ラリー」その男はラリーの所まで行くと、何の躊躇もなく地面にしゃがみ込んだ。「やあ」
「マスターか」トレンチコートの肩が揺れ、それでラリーが笑っていると分かった。「お若いのの調子はどうだ」
「殆ど大丈夫そうだよ。よく食うしさ。お陰でこんな時間から買出しする羽目になっちまった。・・・所で、そこのあんた」男はそう言ってエドを見た。「ラ リーに用かい?」
「お前さんか、エド」振り向いたラリーの顔にはかつてあった髭がなく、青白い肌が見えていた。「マスター、こいつはエド。いつもそこのカフェにいる客だ」
「へえ。ぼくはパコ」男はそう名乗って、タバコの煙を深々と吸い込んだ。「それじゃ、ラリー。そろそろ行くよ。ジョニー達によろしく」
 ラリーが笑って言った。「ああ。また迷惑かけるかも知れんな」
 パコが車で去ってから、エドは改めてラリーの顔を見た。今まで髭のせいで年齢が分からなかったが、彼の思っていたよりも皺の多い男だった。
「こんにちは、ラリー。今の方は?」
「少し行った所にあるバーのマスターだよ。色々と世話になっててな」
「その顔も?」
「ああ。お陰で風邪を引きそうだ」ラリーはそう言って鼻を啜って見せ、それから笑った。
 エドもつられるようにして笑った。「確かに」
「ああ・・・そうだ。所で、どうした?」
「質問があって・・・お金が要りますか?」
「質問によるな」ラリーが僅かにハンチングを持ち上げてエドを見た。「言ってみろ」
「・・・僕はこれからどうすべきですか?」
 長い沈黙の後、ラリーは答えた。「エド坊ちゃん、俺はお前の保護者じゃないんだ。俺が売るのは情報であって、質問に対する答えじゃない」
 エドは一度首を傾げてから、ようやく意味を理解して笑みを浮かべた。それは彼にとって今まで殆ど縁のなかった苦笑だった。「ラリー・・・怒らないで」
「怒ってないさ」ラリーが優しく言った。「お前さんはまだ若い。自分で自分の世界を広げた方がいいぞ」
「『カフェ・エデン』を去るのが辛いんです。いつかはそうすべきなのに」
 『カフェ・エデン』は以前と変わらぬままだったが、エドは自分が変化しつつあることに気がついていた。以前は人を見ているだけだったが、今は自分につい て考えを巡らせる事の方が多くなっている。相変わらずここは楽園だったが、もしそうだとすれば、下界との差異は確実に少なくなっているように思われた。

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