28. Interference


 腹部に鈍痛を感じてキットが目を覚ました所は、彼の部屋のベッドではなかった。周囲を見回してから、初めて彼は自分が床に転がっているのだと知った。
 下の方から会話と笑い声が聞こえてきた。やがて階段を上ってくる足音が聞こえたので、キットは体を起こした。
 ドアを開けて入ってきたのはパコだった。彼は体を起こしたキットに気が付くと、笑みを浮かべて囁いた。「大丈夫かい?一日程眠ってたよ」
「誰が運んで・・・」キットは早口に言ったが、パコが唇に指を当てて見せたので口を噤んだ。
「覚えてるかい?ここはぼくの部屋さ。今は女もいる。寝てるみたいだから、起こすなよ。あんたはまだ休んでた方がいい。床でごめんよ。ベッドは女が使って るし、どのみちあんたには狭い。シャワーは好きに使っていいけど、着替えは用意できないよ。取りあえず、何か食うもの作ってくる。腹減ってるだろ?」パコ は一息で言うと、キットの腹を指差して付け加えた。「今は営業中だ。降りてこない方が無難だね」
 パコが行ってしまった後、キットはベッドを覗き込んだ。バスローブ姿の女が眠っている。薄暗い部屋の中でも彼よりも暗い色をした髪と白い肌が見えた。
 女が目を覚ましそうな素振りを見せたので、キットは慌てて彼女に背を向けた。
 衣擦れの音がして、女が呻き声を上げた。ややあってから、声が聞こえた。「・・・目が覚めてるのね。なら、明かりつけるわ」
 キットは無言で首を縦に振った。
 女が明かりを点けた。「ええと・・・キット、ね。あんた昨日ここに運ばれてきたのよ。あたしはアシーナ。ガッデスって呼ぶ奴もいるわ」
「アシーナ・・・どうもありがとう、自分を運んでくれて」
「あたしじゃないわ。ラリーの子分達よ、運んだのは」ガッデスはベッドに腰掛けたまま、床に足を着けた。「・・・ラリーを知ってる?」
「ああ。知り合いだ」
「そうなの。所で、具合は?まだ痛むわよね」
 キットは自分のシャツを肌蹴てみた。腹部は何箇所も内出血して赤紫色になっている。
「ああ。でも、これ位なら大抵、一週間もせずに治る」
「酷いね。誰にやられたの?」
「自分の・・・」キットはしばし考えてから言った。「親父に」
「家庭内暴力じゃないの」ガッデスが眉を顰めた。「まあいいわ。あたしだって、他人に干渉してる場合じゃないんだ」
 階段を上ってくる音とともにパコが姿を現した。「やあ。食事を持ってきたよ。・・・やあ、アシーナ」
「どうもありがとう」キットは笑みを浮かべてサンドイッチを受け取った。
「しばらく静かにしててくれよ。・・・って言っても、今でも十分静かだけど」パコが二人を交互に見て言った。「ぼくの親友でさ、警官が来てるんだ―あんた らのことは内緒にしとく方がいいよね?」
 再び二人きりになってから、キットはガッデスを改めて見た。彼女に何があったのかを尋ねようとしたが、止めた。先程の彼女の言葉を思い出したのだ。

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