03. Chained dog


「おはようございます、ミスター・バーグマン」
 コニーが部下を一瞥し、次いで笑みを浮かべた。彼に挨拶をしたアンディは、お気に入りの一人だった。細かなところにまで気配りできる、有能な男だ。
「コニーでいいんだぞ、アンディ」
「ええ、でもミスター。おれの気持ちの問題です・・・」
 二人のやり取りを、キットは少し離れたところで見ていた。彼はコニーの私生児だが、物心ついたときから父親の存在を感じたことがなかった。それゆえに、 自分の父であるはずのコニーが、アンディを息子のように扱うことが(実際には、彼の愛情を独り占めしているアンディが)腹立たしかった。
「クソったれ」キットは小声で呟いたが、運悪く二人のところまで届いてしまった。
「キット、今、何て言った?」アンディが下卑た笑みを浮かべた。
「クソったれ、って言ったんだ」キットは目を細めた。
 コニーが鼻を鳴らした。「クソったれ、か。まんまお前のことだろうが」憎しみのこもった口調は、アンディに向けられた途端に優しさを帯びた。「アン ディ、下がれ」
 アンディの姿が見えなくなったのとほぼ同時に、凄まじい勢いでコニーの手がキットの顎をつかんだ。
「何をほざいている。負け犬の分際で」彼は指に力を入れ、キットの頬に食い込ませた。
 恐怖がキットを黙らせた。相手の顔を見据えることが、彼の唯一の抵抗だった。
「その汚らしい右目・・・」コニーはキットの口元で言った。「濁っている。見苦しい」
 キットは青い瞳をしているが、左右で濃さが違う。右目の方が幾分か明るい。傍目から見ても美しいそれに、彼自身はコンプレックスを抱いていた―コニーに よって、そのように刷り込まれているのだ。お陰で彼は、自分の目を美しいと思ったことは一度もない。
 コニーの手が下がり、キットの胸を押した。彼はよろめいて後ずさったが、未だ言葉を発することができずにいた。
「下がれ、クリストファー」コニーが無表情に言った。
 キットは踵を返そうとしたが、頬に衝撃と共に激痛が走った。思わず声を上げた。コニーに拳で殴られたのだ。たちまち、口の端から血が流れ始めた。
「どうした。下がっていいんだぞ」嘲るような言葉が、キットを見送った。

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