31. Turnabout


 『カフェ・エデン』で、エドは午後の穏やかな日を浴びながら、テラス席に座り紅茶を飲んでいた。
 通りの向こうら、大柄な男が歩いてきた。見慣れない男で、おそらく食料であろう荷物を両手から下げている。長袖のTシャツにジーンズ姿で、目元を隠して いる髪はブルーネットだった。彼は路地裏から出てきた浮浪者の少女に話しかけていた。二人は顔見知りのようだった。「ラリーは元気にやってるか」そう言っ たのが聞こえた。
「うん、元気だよ」少女が笑って答えた。幼い顔だった。「いつも通り」
「良かった。エミリー・・・エミリーは元気か?」
「うん。キットも元気そうだね」エミリーと呼ばれた少女がそれだけ言って姿を消した後、キットと呼ばれた男も歩き去っていった。
 ラリーには知り合いが多い。エドは改めて思った。そして不意にラリーに会いたくなった―ここ二日ほど、顔を見ていない。

「エド坊ちゃん、元気にしてたか」ラリーは相変わらずだった。この日は『カフェ・エデン』の向かいの通りを少し歩いたところにいた。
 エドは微笑んで答えた。「元気じゃなくなるようなことは、しませんから」
 ラリーが視線を横に向けた。エドもそれを追うと、先程見かけた浮浪者の少女―エミリーと呼ばれていた―がこちらを見て立っていた。
「ラリーおじさん、キットは元気だって」彼女の目はエドに向けられていた。「・・・ラリーおじさん、その人誰?」
「お友達だよ」ラリーが優しい声で言った。
「初めまして?エドです」エドは少女に微笑んだ。
 少女は頷いたが、そのまま行ってしまった。
 ラリーが肩を揺らして笑った。「何だ、お前さんはお巡りさん程は好かれてないんだな」
「僕に原因があるとは思えませんが・・・。所で、キットというのは?」
「さっきエミリーが会った男の事さ。エド、お前さんは見てないのか?」
「見ました」
「『ラ・エスペランサ』のマスターを手伝ってるそうだ」
「マスター・・・。確か僕は以前、彼があなたと一緒にいたのを見ましたよね?」
「そう。あの小柄なヒスパニックさ」ラリーは言った後、不意に苦笑した。「何だかなあ、俺も年食ったな・・・」
 エドは眉を僅かに顰めた。ラリーの口から弱音が吐かれるのを、今までに聞いたことがなかった。
「仕入れた情報を、何かの拍子にふっと言っちまう。弱ったな・・・そろそろ潮時かも知れんな」
 エドは沈黙した。脱いだハンチングを膝の上に置き、薄くなった灰色の髪を撫でているラリー小さく見えた。彼は問うた。「ラリー、どうしたんですか?」
「お前さんにこんな事を言われちまうなんて・・・」ラリーが辛そうに笑った。「立場が逆転しちまったと思わんか?」
「どうせ、そのうち逆転するものですよ。僕もあなたも年を取るんですから」エドはラリーの肩に手を置き、そのままゆっくりと擦った。「・・・そうだ、 『ラ・エスペランサ』に一度行ってみようと思っているんです。ここを道なりに行けばいいんですよね?」
「そうだよ」ラリーが大きく息を吐き、そして笑った。「ああ、そうだよ」

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