33. Natural gift


 また待ってみるか。
 フィッツィは『カフェ・エデン』の外の席に腰掛けた―最近のエドワード・リー・シェパードはこの席がお気に入りのようだ。
 タバコを咥え、ふと顔を上げると、ちょうど若いウェイターが注文を聞きに来たところだった。彼女はフィッツィと目が合うと困ったような表情を浮かべて 言った。「今日はもう帰ったのよ、彼」
「そいつは困った」
「それじゃあ、今日も聞き込みだったのね。お巡りさん」ウェイターがそう言って内気そうに笑った。
 フィッツィは彼女の頬が赤く染まっているのを知っていたが、そのことには触れなかった―彼と初めて話す女の多くに見られた反応だったので、すっかり慣れ てしまっていた。「オーダーは結構。君の言うとおり、今日も聞き込みのために来たからだ。その彼は帰ってしまったしね」
「ここね、今月いっぱいで閉店なの。明日にでもお知らせを掲示することになっているんだけど」ウェイターが鉛筆を回しながら言った。「たまには一人でで も、何か飲んだらいかがかしら?」
「気持ちだけ頂くよ」フィッツィは歯を見せて笑顔を浮かべると、すぐに立ち上がった。長居しても、このはにかみ屋のウェイターに余計な思いを抱かせるだけ だ。
 彼は通りをしばらく歩いた。やがて考えた―『カフェ・エデン』がなくなったら、エドは一体どこに行くのだろう?大学を中退し、ただやることもなく、カ フェで時間を潰しているだけのあの坊やは。エドという人格自体は好きだったが、彼の生き方については、フィッツィはあまり良い印象を抱くことができなかっ た。目的もなく生活することは、堕落した人生を送るだけだ。生き生きとした表情をしているように見えるが、それはフィッツィの話術に引き込まれているだけ かもしれない。だが、その確信はなかった。
 彼はかつて、自分の話術に対して過剰ともいえるほどの自信を持っていた。だが、高校の卒業式のスピーチの時に、一度それを失くした。極度の緊張から痙攣 を始めた右腕に気を取られ、話す内容を断片的にではあるが忘れてしまったのだ。その後彼は、その体験を克服するために必死に努力し、弁論術のクラスの成績 は常にトップで、教授をも打ち負かす程にまでなった。自身が完全に回復することはなかったが、それでも不意に昔の感覚―自分の話術は天賦の才によるものだ という感覚―が戻ってくることがある。
 考え事をしながら歩いていたせいで、フィッツィは向かいから歩いてくる男を避け切れなかった。早足で歩いていた相手もやはり考え事をしていたらしく、ま ともにぶつかったフィッツィは体をよろめかせ、咥えていたタバコを落とした。すかさず背中に手が回されたので、彼は無様に尻餅をつく事だけは免れた。
「すみません、急いでいて・・・」相手は六フィート半はあろうと思わしき大男だった。氷のような淡い色の目が、目元にかぶさった前髪の隙間からほんの僅か に見えた。「人を探してるんです」
「いや、よそ見してた俺の方が悪いんだ。人・・・?どんな人だ」
 男が僅かに上を向き、前髪を掻き上げたので、今まで隠れていた深い青色をした反対側の目が露になった。
「素敵な目だな」フィッツィは白い歯を見せて笑った。「で、どんな人なんだ?」
「ダークヘアの、ベージュのパンツを履いた女性です」
 フィッツィの頭を、一種の直感的な考えがよぎった。「・・・もしかして、もう若くはない?」
「そう、そうです!」男が声を大きくして言った。「見かけたんですか?」
「いや」フィッツィは内心で笑みを浮かべた―いざという時に、俺はついてる。これも天賦の才かも知れない。「ちょうど俺も探していたんだ。俺はフィッ ツィ」
「自分は・・・キットです」男は頬を上気させて言った。「信じられない。他に探している人がいたなんて!」

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