34. A new visitor


 ガッデスが出て行った後、しばらく呆然としていたパコは数分後、タバコを吸ってようやく我に返り、呟いた。「ラリーの所に行ったかもしれない」
「ラリーを探すのは大変だ」カウンターに肘を突いたキットが言った。
「じゃあ、アシーナを追っかけた方が早いわけだ」パコは勢いよく煙を吐いた。「キット、ぼくの代わりに追っかけて」
 キットは考える間もなく『ラ・エスペランサ』を出て行った。

 それからしばらくして、パコは苛立たしげに自室を歩き回っていた。今ではすっかり広くなってしまったように見えた。室内にガッデスの痕跡はなく、それで いい筈だったのだが、パコは寂しかった。だからといって、彼女の意志を無理やり曲げさせることはできなかった―どの道彼女の意思はそこまで弱くはない。そ れでも不安は消えず、キットに後を追わせたのだ。
 パコは部屋の窓から外を見たが、キットの姿は見えなかった。気を取り直して新しいタバコに火を点け、階段を下りた。途中でドアを叩く音と男の声が聞こえ た。
「すみません、誰かいますか?」
「入りな」パコは慌ててカウンターに入り、笑顔を浮かべた。「でも、バーはまだ開いてないよ」
 入ってきた男は、小奇麗な身なりをした、赤みを帯びたブロンドの髪の男だった。
「あれ、あんた。確か・・・」パコはタバコを挟んだ指を揺らした。顔に見覚えがあった―ラリーと話していた男だ。
「エドと言います」男―エドは後ろ手でドアを閉めた。「ええと・・・お邪魔します」
 エドを一目見て、パコは彼が裕福な家の生まれだと知った。おそらく彼の父親の顔を、テレビで何度か目にしたことがある。だが、パコは敢えてその事を言う 代わりに、ミネラルウォーターをグラスに入れて差し出した。「新しい客が増えて嬉しいよ、エド。何か食うかい?それとも飲む?」
「いえ、結構です。アルコールはあまり飲めないんです」
「へえ!奇遇だね。ぼくもさ」パコは煙を吐き出して笑った。「タバコは駄目?」
「吸いません」エドがカウンターの傷跡を見て、次いでパコの指に目をやったが何も言わなかった。
「そうなんだ。でも、ぼくは吸わせてもらうよ。こいつがないとやってけない」
 エドが再びパコの指の傷を見た。「その傷はどうされたんですか?」
「カウンターの傷を見ただろ?あれと同じナイフでさ」パコは自嘲気味に言い放ち、鼻から煙を勢いよく吐いた。「・・・ところで、あんたは普段何を?」
「カフェにいます」
「仕事で?」
「いいえ、何もしていません」
「良くないな。自分で使う金ってさ、自分で稼ぐもんだよ」
「・・・よく言われます」エドがそう言って腕時計を見た。「そうだ、そろそろ失礼しないと。警察に用事が」
「事件でも?」
「その方が探している人を見たんです」
 パコは短くなったタバコを灰皿に押し付けた。「へえ・・・そのお巡りの名前、差し支えなかったら教えてくれないかい?」
「ロウと言っていました。フィッツジェラルド・ロウ」
「フィッツィ!」パコは呻くように言った。「そいつ、ぼくの友達だよ」
 エドは軽く笑った。「偶然ですね。ああ、でも・・・もう行かないと。お邪魔しました」
 彼が出て行った後、パコは呆然とカウンターに立ち尽くしていた。

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