38. Clash


 狭い裏道を駆け抜けて路地裏に入ったキットは、そこで始めて後ろを振り向いた。警官の姿はなかった―逃げたことを気付かれなかっただろうか?
 彼は周囲を見回しながら、用心深く通りに出た。先方を女が一人で歩いている。ガッデスだった。ついに見つけた。
「アシーナ!」キットは早足でガッデスに追いつくと、素早くその肩をつかんだ。
 ガッデスが小さな悲鳴を上げて振り向いた。「キット、あんたがどうして・・・」
「探してくるように頼まれた」キットは手の力を少し緩めた。「マスターに」
「嫌ね、マスターったら・・・」
 キットは聞いていなかった。彼は向こうからやってくる男を凝視していた。髪は乱れ、目は血走り、スーツに皺こそ寄っていたが、間違いなく彼の父親、コ ニーの姿だった。今にも拳銃を取り出そうとしている。
「危ない、伏せろ!」後ろで男の声がした。キットは反射的に振り向きながら、悲鳴を上げるガッデスの体を引き寄せて地面に転がった。アスファルトを背中に 感じたとほぼ同時に銃声がした。男の呻き声がした。
 彼はガッデスを物陰に押しやり、立ち上がった。左足を押さえて倒れているのは、先程の彼を追いかけていた警官だった―その彼が声をかけたのだ。
 コニーはその警官をしばし凝視していたが、すぐにキットを見た。
 その視線に射竦められたように、キットは動けなくなった。コニーが銃弾を装填しているのを見ても、まだ動けなかった。
「お前を殺してやる」コニーが拳銃をゆっくりと構えた。その顔に浮かんでいる表情は、ギャングのボスに相応しい残忍さを含んでいた。「残りの人生を後悔し たくないからな」
 キットは手を上げることすらできなかった。再び銃声が響いたが、打たれたのは彼ではなかった。目の前で、コニーが拳銃を取り落とした。その拳銃をコニー の手が届かないところに蹴り飛ばしたのは、ガッデスだった。
「大人しくしてなさいよ・・・あたしはあんたを殺すことだってできるんだから」彼女は震える声で言った。「警察を呼んで」
 キットは倒れている警官の所に行ってトランシーバーを取ろうとしたが、血のついた手がそれを止めた。
「俺が、やる」警官が脂汗を浮かべて言った。「あの男を・・・取り押さえてくれ」
「分かった」
「頼んだぞ。・・・ああ、俺だ―フィッツィだ。ラザルス、お前か?・・・」
 フィッツィと名乗った警官の声を聞きながら、キットはコニーの所まで戻った。ガッデスを手で制し、拳銃を下ろさせた。膝から地面に崩れ落ちたが、キット には彼女を助け起こす前にやることがあった。
 彼は次にコニーをうつ伏せにすると、その体の上に馬乗りになって押さえつけた。両手を頭の上で組ませたとき、ガッデスに撃たれた右手から血が流れ出して いるのに気がついたが、敢えて何もしなかった。
 コニーは何も言わなかった。観念し切っているからなのか、呆然としているからなのか、あるいは傷の痛みに耐えているからなのかは、キットにも分からな かった。
 地面にへたり込んでいたガッデスが嗚咽を漏らし始めた。キットは彼を慰めてやるべきかどうかを考えたが、結局コニーを押さえつけていたので何もできな かった。
 パトカーのサイレンが近づいてきていた。

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