39. Visitors


「まだ動かさないでください」そう言って看護師が眉を顰めた。「まともに歩けなくなっても知りませんよ」
 フィッツィは溜息を吐いて、ギプスに包まれた足をベッドの上に下ろした。「経過は順調だ。それに俺は暇で暇でしょうがないんだ、ミセス・ローラ」
「失礼な。わたしは未婚ですよ、ミスター・ロウ」看護師は窓の外に目をやり、素っ頓狂な声を上げた。「あら、リムジンが。どこのお坊ちゃまかしら・・・」
「俺の知り合いかな」フィッツィは冗談半分に言ったが、果たして、数分後部屋にやってきたのは、見るからに高級そうなスーツに身を包んだエドだった。「ミ スター・ロウ、足の調子はいかがですか?」エドが品の良い笑みを浮かべて言った。「すみません、急に寄ろうと思いついたもので・・・。何も持って来なかっ たんです」
「いや、持ってこられたほうが俺も困る。それはそうと、その格好は?」
「これから入学式なんです。大学の」エドはそう言ってカフスボタンを指で撫でた。
 フィッツィが上げた感嘆の声は、心の底からのものだった。どうやらこの御曹司も、ようやく自分の足で人生を歩み始める気になったらしい。「それまた、ど うして?」
「弁護士になろうと思って」エドが見せたのは、アンディに関する一連の事件の切抜きだった。「アシーナ・クリフトのような勇敢な人になりたいんです。形は 違っても」
「応援するよ」フィッツィはエドの腕を軽く叩き、歯を見せて笑った。

 それから二日後、今度はパコとキットがやって来た。
「ああ、フィッツィ!」
 突進してきたパコを、フィッツィは辛うじて受け止めた。「パコ、よく見ろ。俺はぴんぴんしている」
「凄く心配したよ。キットの奴、あんたと同じ場所にいたってのに、何もしてないって言うからさ・・・。本当に良かった」パコはそう言って涙ぐんだ。「ごめ んよ、病院じゃタバコが吸えないから、情緒不安定なんだ」
「これを機に、一緒に禁煙するか?」フィッツィは笑ってから、キットを見やった。「ええと、キット?」
「そうです」キットが答えた。「元気そうですね」
「後遺症が少しでも軽いことを望むよ」フィッツィは大きく伸びをした。「所で・・・事件の方はどうなった?」
「大方新聞どおりさ。でもラリーが言うには、アシーナは弁護士をつけたがらないらしい」パコが答えた。
「正義感が強いんだな」フィッツィは左足をぶらつかせた。腱が切れていなかったのは、奇跡としか言いようがない。
「ああ、それはそうと・・・昇進おめでとうございます」キットが笑みを浮かべて言った。
 フィッツィは頷いた。昨日かかってきた同僚からの電話で知った。復帰後は、パトロールをすることはもうないかもしれない。「時々ラリーたちの様子を見て やってくれ」
 パコが声を立てて笑った。「見てるよ。まあ、最近は慈善団体の世話になってるみたいだけどさ」
 フィッツィはコニー・バーグマンのことを尋ねようとしたが、キットを見て慌てて思い留まったが、キットは首を振った。
「いや、構いませんよ。自分はもう独り身だ。あの人についても、新聞の通りです」
 看護師が再びやって来た。「お二方とも、そろそろ時間です。・・・あら、ミスター・ロウ、また足を動かして!」
「ローラ、俺は言い争いをしたくないんだ」フィッツィは手を上げて降参のポーズを作り、微笑みかけた。
「二人で仲良くやれよ」茶目っ気たっぷりな笑みを浮かべたパコが、キットの腕を引っ張るようにして部屋を出て行った。
 フィッツィは新聞記事に目を通した。コニー・バーグマンは服役中だが、発狂したらしい。記事にキットのことは書かれていなかった。最後の最後になって、 コニーが息子を見限ったのだろう。キットにとっても、その方が幸せに違いない。
 彼は看護師に目をやり、視線があったので微笑みかけた。なかなか魅力的な女だ。

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