El criado y la mujer Y. シエスタから覚めた人々の織り成す雑踏の 中、アルバロは、マヌエラとごく自然な距離を置きながら歩いていた。 マヌエラは、いつも通り、小奇麗な格好をしていた。白いプルオーバーに、涼しげな色柄のスカートを穿き、唇には、爪と同じ色の、赤いルージュを塗ってい た。 一方のアルバロは、夕方近くにもかかわらず、黒いサングラスで目元を隠していた。シャツは目立たない紺色を選び、髪も束ねていない―全ては、警官の目を 避けるためだった。 「嫌だわ、髪の毛が」マヌエラが形の良い眉をひそめ、アルバロの長い前髪に手をやった。「どうにかして」 「駄目だよ、セニョリータ」 アルバロは、マヌエラの手に、自分の手を重ねた。「おれが捕まってしまってもいいの?」 「困るわ、アル」マヌエラは、手を離した。「プレゼントがあるのに」 「プレゼント」 「そうよ、プレゼント」 マヌエラが微笑み、英語でハッピー・バースデイ、と言ったが、アルバロは、やってくる二人のごろつきに、視線を向けていた。 「レーラ、それは後にしよう」アルバロは、マヌエラから視線を外したまま言った。「その前に、おれは一仕事、片付けてこなくちゃ」 「・・・カフェテラスにいるわね」 「わかった。そこにいて」 マヌエラが、まるで他人のようにアルバロから離れていった。 アルバロは、人通りの少ない道に逸れた。「さて、何の用かな」 「みつけたぜ、お尋ね者」 「何だって?」 「俺ら、セスク・ケチェに雇われてるのさ」金髪の男が言った。「あんたを捕まえりゃ、金が入るんだ。観念しな」 青白い肌の男が飛び掛ってくるのを、アルバロは、難なくかわした。 たちまち、昔の勘が戻ってきた。手近に使えるものがないかと見回しながら、金髪の男の腹に拳を入れると、相手が身をかがめて嘔吐し始めた。 青白い肌の男が、距離を保ちながら、アルバロに怒鳴った。「これで、終わったと思うなよ・・・」 「セニョール、きみの相棒を、連れて帰ってやってくれ」アルバロは、手にしたガラスの空き瓶を、壁に叩きつけて割り、鋭利な切り口を作った。「おれの口か ら、罵り文句がついて出てくる前に。こいつできみに、殴りかかる前に。いいね?」 二人のごろつきが去っていった後、アルバロは、辺りを見回した―今の所、他に人の気配はない。 アルバロは、サングラスを外した。このままカフェテラスに行っても大丈夫だろうか?でっぷり太ったマリーア・ホセには、おれがいつもと違うように見える だろうか? カフェテラスの方角から、冷やかしと笑いの声が聞こえた。ごろつき共が囃し立てられているのだろう。 雑踏に紛れると、アルバロは、そのままカフェテラスまで行き、マヌエラの正面の椅子に腰掛けた。 「お待たせ、セニョリータ」 「ふふ、アル」マヌエラは、どこか愉しげだった。「凄いのね」 「当然だ。だって、レーラ、命がかかっているんだよ」 「そうね。・・・はい、プレゼント」 マヌエラから渡されたのは、赤と黒のリボンがかかった小さな包みだった。アルバロが包みを開けると、中にはいくつものビニール袋に小分けされた、白い粉 が入っていた―麻薬だ、間違いない。同時に、アルバロにはこの後の展開が容易に読めた。 「おお・・・ミエルダ、最低な誕生日だ」辛うじて発した声は、焦りで掠れていた。 「察して、国境近くの警備が厳しくて、取引相手が越えられないのよ」 「じゃあ、これはどうやってここに?」 「カルデロンよ」マヌエラが、にべもなく言った。 「そう・・・それで」アルバロは、軽く息を吐いた。「相手は、もう近くまで来てるのかな」 「そうよ。見つけたら、二人でホテルにでも入って」 「・・・やれやれ」 「ちゃんと守ってね」マヌエラは声を立てて笑った。「仕事じゃないの!普段は、私を守ってくれてるもの。出来ないはずないわ。今度は私じゃなくて、約束を 守るだけのこと」 マヌエラらしからぬ、低俗な香りのする言い回しに、アルバロはわずかな苛立ちを覚えた。「何が・・・何がおかしいんだ?」 アルバロの強い語調にも、マヌエラは表情を変えなかった。「嫌ね・・・どうしたの、アル?」 「レーラ、セニョリータ、何がおかしいの」 「いいえ、破裂させないでね」 マヌエラが立ち去った後、店主のマリーア・ホセが体を揺すりながら、アルバロのもとにやってきた。「調子はどうだい、ガラン」 「その呼び方はよしてよ、マリーア・ホセ。昔の話だ」 「いいじゃないか。・・・にしても、あんた、セニョリータに金を払わせるのかい」 「いいんだよ。彼女はおれの・・・」 「いいわけあるかい!ガラン、あんたが払いな」 アルバロは、笑って肩をすくめた。これはマリーア・ホセの常套手段だ。こうやって、二人連れから堂々と、金を掠め取る。 「セニョーラ、おれはまだ、何も頼んでませんよ」 マリーア・ホセのカフェテラスでは、アルバロは何も飲まないつもりだった。これからソーダ水より、もっと重要なものを飲まなければならないのだ。 |