03.煙草


 玄関のドアを閉めた後、男はエマヌエルが脱ぐ服を片っ端からごみ袋に詰め込んだ。エマヌエルが袋の上でシャツを絞ると、乾ききっていない血が滴り落ち た。
 男は、仕事を終えた殺し屋の凄惨な裸体を見やった。プラチナ・ブロンドの体毛は血で固まって渦を成し、東洋人のように黒く染めた髪の所々にも血がこびり 付いていた。
「ヘイ、どうして髪を染めてるんだ?」彼は単純な疑問から、そう尋ねた。
 エマヌエルがほんのわずかに唇を開いた。男はそれが笑みだと気がつくのにしばらくかかった。
「笑ってるな、マニー」
「髪までプラチナ・ブロンドだったら・・・この顔のことだ、気障になるだろう」
 男は殺し屋の高い鼻を殴る真似をした。「さっさと血を落としてこいよ」
「色が薄いと、返り血を浴びたときに目立つからだ」エマヌエルはそう言うと、シャワーを浴びに上がっていった。

 デリバリーのピザを頼んだ後、男は消臭スプレーを、玄関から室内まで吹きかけながら歩いた。それから窓という窓をすべて開け放ち、階上に上がった。
 バスローブ姿のエマヌエルは洗面所で、爪の間に入った血を爪ブラシを使って掻き出していた。顎の先端に合わせてカットされた髪が、濡れているせいで一層 強くカールしている。
「シャンプーがそろそろなくなるぞ」彼は手元に視線を落としたまま言った。
「新しいのがあるから、平気だぜ」男は鼻をひくつかせてから眉をひそめた。「まだ少し臭うよな。もう少ししたらデリバリーがくるんだぜ・・・」
 爪掃除を終えたエマヌエルが、煙草を取り出してくわえ、エッフェル塔の形をしたライターで火を点けた。煙を吸い込んでから窓際まで行って壁にもたれかか り、「大丈夫だろう」と言った。「これから大量に煙草を吸う。コロンもあるぞ」
「下で吸ってくれ」男は消臭スプレーを噴射した。「余計な臭いがついたら、俺が盗みに入れなくなっちまう」
「まだ金が要るのか」エマヌエルは煙草のカートンとライターを男の部屋に持ち込んでいた。「稼ぎの半分をよこしているだろう」
「へへへ、そうだったな。マニー、忘れてたぜ」男は苦笑した。殺人と言う法外な行為で得る報酬の半額。分厚い札束と引き換えに。彼は殺し屋と同居している のだ。今までに受け取った金だけでも、マリファナを止めた今なら、数年は生活していけそうだった。
 彼はエマヌエルの後を追うようにして階下へと降りた。すでに血の臭いはなかった。エマヌエルの方を見やると、椅子ごと換気扇の下に陣取り、黙々と煙草を 吸っていた。
「・・・そうだ」男はシンクで手を洗いながら言った。「血塗れの服、捨てといたぜ。もちろん、ごみ袋で二重に包んで、ぬかりなくな」
「有難う」エマヌエルは新しい煙草に火を点け、「置いておけば、自分で捨てたものを」と呟いた。
「いいんだぜ、それ位」男はバイクの音を聞きつけた。「ピザがきたぜ、マニー」彼はピザを受け取ったときに辺りを見回したが、地面に目立った血痕はなかっ た。こういうときに、改めてエマヌエルが凄腕の殺し屋だと言うことを思い知らされる。
 遅い昼食だったというのもあり、三人前のピザは全てなくなった。エマヌエルは、「煙草の後の食事は不味い」と言いながらも、一人で二人分のピザを平らげ た。その後、コップ一杯の水を飲み、ひたすら煙草を吸った。
 男は椅子にこそ座っていたが、両足を机の上に乗せていた。「ヘイ、マニー」彼は、換気扇の下で煙草を吸っているエマヌエルに声をかけた。「こっちで吸え よ。俺も吸うからさ」
「それは悪い」エマヌエルはそう言いながらもやってきて、男と同じように机の上に裸足を乗せた。「煙草は箱から好きに取れ」
 男はエマヌエルの右手首の皮が剥けているのに気がついた―女を引き摺ろうとでもしたのか。しばらくそれを見ていると、エマヌエルの方が視線に気づいたら しく、バスローブの袖で隠した。
 それから数時間後、数箱の煙草を吸い終えたとき、エマヌエルはすっかり声を枯らしていた。男も咳が止まらなかった。二人は協力して、部屋から煙を追い出 した。
 エマヌエルが顔をしかめて、「もう数日間は吸うまい」と言ったので、男は無言で首を縦に振った。

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