04.銃


 エマヌエルが最後に仕事をしてから二日後の朝、男が階下に下りると、見覚えのないコーヒーメーカーから湯気が上がっていた。
「ヘイ、マニー」彼は、椅子に腰掛けて新聞を読んでいるエマヌエルに呼びかけた。「何でコーヒーメーカーがうちにあるんだよ。それと、俺は新聞なんざ読ま ねえからな」
「散歩ついでに買ってきた。両方ともだ」エマヌエルはそう答えて眼鏡を外した。今日はポロシャツにジーンズというカジュアルな格好をしている。右手首の手 錠の跡は、瘡蓋になっていた。
「あまり出歩くとさ、命狙われるぜ」男は耳朶のピアスホールに、下から順番にピアスを差し込みながら言った。
 エマヌエルが立ち上がった―コーヒーが入ったらしい。「命を狙われるのは雇い主だ。殺し屋は、その借り物の銃に過ぎない」彼は男の方を見やった。「コー ヒー飲むか」
 男が何気なく顔を上げると、エマヌエルと視線が合った。珍しいことだった。男は日頃から、他人の目を見ないようにする癖があるのだ。八歳か九歳の頃、当 時はまだ生きていた母親に言われるまで、彼自身はその癖に気付かなかった。
「コーヒーを飲むか?」エマヌエルの声のトーンが上がった。それに伴って、目が僅かに見開かれることに男は気付いた。氷のような青い目だと思っていたが、 それは思い違いだった。実際には、虹彩に茶色の筋が入っている。
 しばらくそれを見つめた挙句、彼はようやく質問に答えた。「いや、俺は水かダイエット・ペプシしか飲まねえから」
「分かった」エマヌエルは、水で洗われたばかりのタンブラーにコーヒーを注ぎ入れた―これも男にとって見覚えのないものの一つだった。

 朝食を終えた後、男はエマヌエルの背後から新聞を覗いた。「死体の記事でも探してんのか?」
「そうだ。もう見つかった」エマヌエルは眼鏡をポロシャツの胸ポケットにしまった。「犯人・・・も既に捕まっている」
「嘘だろ」男は記事に目を走らせた。小さく載っている女の顔写真は、彼が二日前に見た死体と同じ顔だった。
「言っただろう。殺し屋は銃だ。人を撃ち殺したとき、悪いのは銃か?違うだろう。悪いのは、引き金を引いた人間だ」エマヌエルが静かに言った。
「マニー、俺はそこら辺に詳しかないけどさ」男は左耳の軟骨を突き通したピアスを指で触った。数日振りに付けたので違和感がある。「あんたが捕まらないっ てのは分かったぜ」
 エマヌエルは、テーブルの上に置かれた拳銃に目をやった―彼がそれを持つのは、仕事のときだけだ。
「捕まる方法も、あるにはある」彼はエッフェル塔の形をしたライターの輪郭を、長い指でなぞりながら言った。「現行犯逮捕だ」

 昼過ぎになってから、男は家を出た。泥棒仲間に会いに行くのだ。騒がしい通りを五分も歩かないうちに、後ろからバイクがやってきた。
「ヘイヘイヘイ!ウォルト!ウォルト!」バイクから降りたのは、両腕をタトゥーで埋め尽くした、スキンヘッドの、ギャングスタと呼ばれている男だった。彼 は男の肩をつかみ、「またピアス増やしたのか?」と言って笑った。
「いや、前と同じだぜ、ギャングスタ。でもタトゥーを入れた」男は歩きながら言った。
「そいつはご立派!お前の青白い肌に合うだろうぜ!」ギャングスタがバイクに飛び乗った。「皆の前で披露だな!」
 バイクで抜かしていった彼の背中に向かって、男は叫んだ。「ズボンを下ろさせる気か?」
 それから数分後、いつものように倉庫裏に集まった面々は、男の顔見知りばかりだった。ちょうどマリファナを吸ってハイになっていた。男は散々彼らのバス ケットボールにつき合わされた後、Tシャツを脱ぎ捨てて地面に座り込んだ。彼だけがマリファナを吸っていなかった―学校と同時に卒業したのだ。
「ウォルト、あんた最近仕事でも見つけたのか?」髪をピンク色に染めたトビーが言った。「久しく盗みやってねえだろ」
「盗みは卒業かもな」男は言葉を選びながら言った。「今は二人で住んでるんだぜ」
「二人?女でもできたのか?」ギャングスタが大声で言った。「おい、お前ら!青白ウォルトに女だとよ!誰か見た奴いるか?」
「俺、俺!」首の後ろに大きなピアスを付けたブライアンが叫んだ。「男だったぜ!真っ黒な髪した、でかいフランス人みたいな奴さ。今朝散歩してた」
「ウォルト、そいつはお前の何なんだ?」ギャングスタが尋ねた。
 男はあらかじめ考えていた答えを口にした。「腹違いの兄貴だよ」
「成る程!」ブライアンが叫んだ。「道理で似てねえわけだ!」
「そろそろ帰るぜ」男は腰を浮かした。「昨日寝てねえから疲れた」
 ギャングスタが男の押し留めた。「じゃあ、一個だけ言わなきゃならんことがある。エムのことだ」
 男は周囲を見回した。確かに、最年少のエムの姿がない。「どうした?」彼は単純な好奇心から尋ねた。
「・・・死んだよ」ギャングスタは唇を噛んだ。「四日前にな、撃たれたんだ。殺した奴を探してる」
「どんな奴だ?」
「分からねえんだ。・・・でも、どうにか見つけて、俺らで仇討ちしようぜ、って皆と約束したのさ」
 エマヌエルの姿が男の頭を過ぎった。だが、彼は表情を変えずに言った。「俺もできる限りやるぜ」

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