07.換気口


「マニー、殺し屋はどうやって働き口を見つけるんだ?」男は煙草を吹かしながら言った。「まさか、大っぴらに広告出すわけにもいかねえんだろ?」
「俺は偶然会ったイタリア人に雇われた」エマヌエルが不器用な手つきで包帯を巻きながら言った。「今もそいつから仕事を請けている」
「どんな奴だ?」
「倉庫の持ち主だ。お前の仲間が集まっていた倉庫があるだろう」
「へえ!汚いことしやがって!」男は換気口に向かって煙を吐いた。外と繋がっているのに、覗き見ることは叶わない。この感覚が何かに、あるいは誰かに似て いるような気がする。
「だから敵も多い。殺し屋を雇うほどにな」エマヌエルは首からぶら下げたエッフェル塔を弄んでいた。やがて、唐突に笑みを漏らした。笑うと目尻に小さな皺 がよった。「ウォルト、血生臭いことでも考えているんだろう」
 男はまた、煙を換気口に向かって吐いた。「その通りだよ、殺し屋に言われたかねえけどな。あんたに殺られるのはごめんだぜ」
「俺を雇っているのは、ピティンという男だ。このスラムの入り口近辺に住んでいる」
「ややこしいな」男はジーンズに突っ込んだままになっていた拳銃を手に取った。「俺が手っ取り早く片付けてやるぜ・・・ヘイ・・・マニー、こっち向けよ」 彼は拳銃を構えると、その銃口をエマヌエルの額に定めた。
「どうするつもりだ」殺し屋が左の眉を吊り上げた。
 男は頭の中で考えをまとめようと試みた。ティーンエイジャーの頃に、マリファナをやりさえしなければ、この一連の動作をもう少しまともにやってのけるこ とができたはずだ―そう彼は思っていた。
「あんたを殺す気はねえよ。俺は俺が一番安全に生き残れる方法でやるさ」
「俺を殺せば、お前は少なくとも俺に殺される心配はなくなる」
「ヘイ、あまり喋ると、俺の気が変わるかも知れねえだろ」男は、エマヌエルの青い瞳の中にある茶色い筋を視線でなぞりながら言った。「あんたを雇うぜ、マ ニー。そのピティンとか言う野郎を殺してくれ。俺を殺すよりも先に」
 拳銃の安全装置を外したのとほぼ同時に、彼の上体は調理台の上に倒れていた。口を開こうとしたが、頭を打ちつけたことによる痛みがそれを阻んだ。やや あってから、エマヌエルに方足を持ち上げられていることに気がついた。拳銃は奪われていた。
「ピティンの値段は?」エマヌエルは拳銃に安全装置をかけると、脱いだスーツの上に置いた。「・・・お前を殺す男の値段は?」
 男が真上を見上げると、換気口が黒い口を開けていた。外と接しているのに、接しているのに見ることが叶わない―不意に思い当たり、体を震わせて笑うと、 無理な体制を強いられている体が悲鳴を上げた。「マニー、あんた、換気口みたいだ」
 エマヌエルは眉をひそめ、怪訝そうな表情をした。
「つながってるのに、見えないんだ。俺にとっちゃあんたも同じだぜ、マニー。そこそこの間一緒にいるのに、まだ考えてることが分かりやしねえよ」
 エマヌエルは溜息をついて、男の片足から手を離し、「いくらで殺させるつもりだ」と尋ねた。
 男は上体を起こし、そのまま調理台に背を預けて床に座り込んだ。「この家だぜ、マニー。この家だ」
「家」
「俺が今もってる所有権をあんたに譲る」
「願い下げだ」
「そう言うと思った」男は新しい煙草に火を点けた。「じゃあ、俺の全財産でどうだ・・・悪くない話だろ?」
「分かった」エマヌエルが立ち上がって言った。「明日に殺す」
 男は両腕を大きく振った。「急ぐことないんだぜ、マニー。あんたの腕の傷が治ってからでいいんだ」
「それならお前を先に始末するぞ」殺し屋は煙草の箱を片手に取った。「傷は浅い。運が良かった」
 男は換気口に向かって煙を吐いた。「マニー、あんたにとって金ってのは、契約の証みたいなもんだろ?大した意味がねえんだ」
「成る程、それもそうだ」
「やっぱりな。そうだと思ったぜ」彼は煙を深々と肺まで吸い込んだ。全財産のほとんどが借金だということを、目の前にいる黒スーツの殺し屋は、未だ知らな いのだ。

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