09.牢屋


 エマヌエルは男に必要最低限の情報だけを伝えた。場所は倉庫―男が仲間達と集っていたのは、その倉庫裏だった。そこで待ち受けているピティンに、男を殺 したという偽の情報を伝え、隙を突いて殺すこと。そしてその死体はコンテナの一つに隠すこと。
「へへへ、じゃあ倉庫の中で死体が腐ってくってわけか。・・・ぞっとするぜ」男は眉を寄せた。「見つかったら、マニー・・・あんた疑われるんじゃねえの か?」
「あのコンテナは、二日後にはもう中国に行っている。密入国者達と一緒の船でな」
「へえ!あんた詳しいんだな」
 殺し屋がほんのわずかに唇を開いた。
「笑ってるだろ、マニー」男は笑って言った。「分かるぜ」
「ああ・・・。元はと言えば、お前を始末する段取りそのものだ」
「そいつは笑えねえな」
「お前は倉庫には入るな」エマヌエルは倉庫の入り口で立ち止まった。「死体が歩いているのは、都合が悪い」
 男は返事の代わりに、コンクリートの壁に背中を押し付けた。そのまま地面に腰を下ろすと、Tシャツがまくれて肌に冷たい壁が直に当たった。
「ウォルト」数歩歩いた後で、エマヌエルは男の名を呼び、人差し指を口に当てて鋭い音を出した。
 男は殺し屋に向かってウインクを投げかけたが、それは偽りの了承の合図だった。殺し屋の姿が見えなくなるや否や、彼は倉庫の入り口のドアを細く開け、そ の隙間からコンテナの陰に身を滑り込ませた。
 倉庫の中は、電気がついていて明るかった。
「やあ・・・仕事は済んだか?」ピティンと思わしき―もはやそれ以外とは考えられない―男の声が聞こえた。元来そうなのかも知れないが、わずかに声が震え ていて、若くはないのだと推測できた。
 男がコンテナの陰から様子を見ると、サングラスをかけたままのエマヌエルが首を縦に振ったところだった。ピティンの姿がその近くにあった。小柄な、老人 と言ってもいい年齢の男だった。男は彼の姿をそれ以上見まいとした―死人の顔を覚えたところでどうにもならない。
「そうか・・・。そうだ、腕はどうだい?」
「もう乾きました」従順な声で、殺し屋が答えた。
「見せなさい。今後の仕事について決めるのはそれからだ」
 男は息を詰めて、エマヌエルがスーツの上着を脱ぐのを見ていた。彼が上着を完全に脱いだとき、ズボンの後部に拳銃を差し込んでいるのが見えた。
 エマヌエルはごく自然な動作で、上着を持った手を前に出した。ピティンがそれを受け取った。
 男は汗で湿った手で、自分の口を塞いだ。
 ピティンの両手が塞がったと同時に、殺し屋は素早い動きでズボンの後ろから拳銃を抜き、立て続けに三発撃った。
 ピティンが地面に倒れ、濡れた咳の音を出した。血を吐く音だ―男は経験からそう思った。数秒が経ち、辺りは何も聞こえなくなった。
 殺し屋の仕事はあっという間に終わった。

 それから数十分もしないうちに、男は殺し屋の後片付けの手伝いをしていた。簡単な作業だった。あらかじめ中身を少なくしてあった―エマヌエルが言うに は、そうするように指示したのはピティンその人だというから、皮肉なものだ―コンテナに死体を入れ、隙間を中に入っていたマリファナで埋めた。
 エマヌエルは、死体の目を閉じることもせずに、老人の死体をコンテナという名の牢屋に押し込め、鍵をかける代わりに木の蓋に釘を打ち付けた。祈りの言葉 もなかった。
 その後、彼が上着をビニール袋に詰めている間に、男は自分の足を汚さないように注意しながら、タールで床の血痕を塗りつぶした。床はタールで汚れて黒く なった。
「今日、業者がコンテナを搬出しにくる」エマヌエルはそう言って、タールの間を足で壁に寄せた。
「こんな奴はな、ここに鍵をかけて、無期懲役にしちまえばいいんだよ」男は背中の汚れを払いながら言った。Tシャツが汗で変色していた。

 家に戻ってから、ようやく男の感覚が通常に戻った。彼は家中の窓を閉め、自分の部屋の壊れたブラインドを、ガムテープで窓枠に固定した。ブラインドの隙 間から漏れる光が気に障ったので、その隙間もガムテープで塞いだ。それで明かりを消した。部屋の中は真っ暗になった。
 シャワーから上がってきたエマヌエルは苦笑して、「窒息死するつもりか」と言った。「今頃になって、怖くなったんだろう。だから倉庫に入るなと言った」
「ヘイ、マニー」男は殺し屋の指先に灯った火を見た。煙草の火だった。「殺し屋と一緒にいても、そんな簡単に殺し屋みてえになれるかよ」
「あの男の計画通りだから、安全なはずだ」エマヌエルは静かに言った。「死んだ人間が違うことと、俺の代わりに捕まる人間がいないこと以外はな」

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